「伝統の森」を継承していくために

JOINT 26号(2018年1月)より転載
https://www.toyotafound.or.jp/joint/data/joint26.pdf


2017年12月7日から10日にかけて、肌寒い東京を離れ、比較的過ごしやすい気候の沖縄・八重山諸島を巡りました。対象となるプロジェクトは、現在国際助成プログラムの枠組みで助成を行っている「山・川・里・海を繋ぐ日・韓・台の『伝統の森』文化の保全と絆」です。

「伝統の森」を守れ

 東アジアでは、人々と関わりあいながら、畏敬の念が払われ、地域で大切に守り育てられてきた「伝統の森(杜)」の文化が広く存在します。多様な動植物の棲息地として生態的な価値はもちろん、祭祀や巡礼の場として、あるいはエコツーリズムや防災林としての役割など、それは人々にとっても重要な意味をもつものでした。近年そうした認識が薄れ、森の保全が困難になっているという問題意識から、日本・韓国・台湾の3か国において、研究者、樹木医、NPO、そして地域住民らが有機的に連携しながら生態調査を行い、具体的な解決策を提示・実行するとともに、映像や書籍といった成果物を通して森の持続的な保全に資することが本プロジェクトの目的です。

 プロジェクト代表者の李春子さん(神戸女子大学)は、韓国と台湾の大学を卒業後、日本の大学院で「鎮守の杜」をテーマに学位を取得しました。専門的な知見を持ちながら、韓国語・中国語・日本語を流暢に駆使して調査を行う李さんは、まさにこのプロジェクトに打ってつけの人物といえるでしょう。この度、約20年にわたって活動を続けてきた彼女のいわば集大成として、本プロジェクトが「アジアの共通課題と相互交流」をテーマに掲げる2017年度国際助成プログラムに採択され、昨年11月から活動を行っています。今回の沖縄では、現地の森の調査やプロジェクトのキックオフシンポジウムを含む、盛りだくさんな活動が実施されたのでした。

自然への深い信仰の中に暮らす人々

 ここ沖縄で、森と人々との関わりを考える際に最も重要なキーワードの一つが「御嶽(うたき)」です。御嶽とは沖縄において信仰の拠り所となる聖域の総称。各集落の樹木や森を祀ったもので、古来より豊作や無病息災を祈る祭礼の場として、あるいは儀礼を司る文化の発信地として大きな役割を果たしてきました。訪問した八重山地方では「おん」とも呼称され、石垣島だけで今も大小合わせて約100の御嶽があるといいます。形態としては入り口に鳥居、その先には拝殿があります。さらに奥にはイビと呼ばれる石積みで囲まれた空間があり、ここに神様が降臨すると考えられています。

 祭礼などの神事を執り行うのは、それぞれの御嶽に存在する「司(つかさ)」と呼ばれる神職者。司になれるのは限られた血統で、かつ神から宣託を受けた女性に限られます(ただし後継者不足から、司不在の御嶽もある)。男性はそもそもイビには立入禁止で、竹富を案内していただいた亀井保信さんによると、万一その法を犯してしまったら男性の局部がパンパンに腫れてしまうのだとか。イビには通常簡素な香炉が置かれているものの、それ以外に「物」としての神体や偶像が一切ないのも大きな特徴で、木や森が茂る空間そのものに対する畏敬の念が見てとれます。

 調査中、何名かの司の方にお会いする機会を得ましたが、「霊能者からあなたが司だと言われた。何も疑うことなく司になった」、「昨夜、木の神様の声がずっと聞こえた。涙が止まらなかった」といった超自然的な会話が当たり前のように島民たちと繰り広げられ、木々や自らを取り巻く自然への深い信仰の中に暮らす人々の姿に大きな感銘を受けたのでした。

南根腐病の実態

 今回、日本・韓国・台湾のメンバーからなるプロジェクトチームは、石垣島・竹富島・西表島の八重山三島の約20の御嶽において、詳細な実態調査を実施しました。結果、そのうちすくなくとも5つの御嶽で、木々が「南根腐病(みなみねぐされびょう)」という深刻な病気に侵されている事実が判明しました。

 南根腐病とは、症状としてはまず全株の黄化、次いで萎み、最終的には枯死してしまうというもので、突然の倒木により人や建築物等に被害を及ぼす危険性もあります。罹患した樹木には、黄色から茶色の菌糸面が表面に現れるのが特徴ですが、根部の菌糸面は泥と砂土が混ざっているので専門家でないとなかなか正確な診断ができません。また、放置しておけば根を介した隣木への直接的な感染のみならず、子実体の空気中への飛散により、広範囲にわたって被害が拡大し、集落の森全体が枯死し裸地化してしまう恐れもあります。

 この病気は、1928年に台湾で初めて発見されたということもあり、その経験や対策にあたっては台湾に一日の長があります。今回台湾から来日しあプロジェクトメンバーの一人・傳春旭さん(行政院農業委員会林業試験所・研究員)は調査の後、石垣で開催されたシンポジウムで約100名の参加者に向けて、御嶽の具体的な罹患状況を解説しながら、汚染した土壌の除去、燻蒸消毒、貴重な老樹に対しては外科的な治療といった早急な対応の必要性を訴えたのでした。

小さな積み重ねから大きなうねりへ

 期間中、本プロジェクトの調査のことが、三度にわたって地元紙(八重山毎日新聞)の紙面を飾りました。その記事を見てシンポジウムに駆け付けたという方も多数おり、この問題の所在は、確実に八重山の地域住民の方々へと認知されることになりました。

 また、竹富島で行われた意見交換会には、島民の約10分の1にあたる30名超の方が参加し、熱心に議論が行われました。結果、島民自らの発議により、年に2回の祭りの際に、木に巻き付いて被害を及ぼす葛を島民皆で取り除こう、ということがその場で合意されたのでした。葛を取り除くということ自体は竹富の中でのほんの小さな行為ですが、こうした小さな具体的成果を着実に積み重ねていくことが、やがて大きなうねりになっていくのでしょう。島民たちの熱気にあふれた議論と、自分たちの島を守りたいという主体的な意思を目の当たりにして、私も思わず胸が熱くなりました。

 シンポジウムや意見交換会に加え、今回の調査結果は、石垣市役所の担当部長にも直接報告を行っています。報告を受け、今後行政がどのような対応を行うかということについては、今回地元紙に記事を発信しつづけてくれた記者が引き続き取材を行うことになっています。研究者や専門家といった、限られた少数の人だけで地域を動かすことはできません。当然、真の当事者である地域住民や行政の参画や協働が不可欠なわけですが、その意味で今回の訪問は実りあるものになったといえるのではないでしょうか。確かな手応えをプロジェクトメンバーも感じているようでした。

補いあい、議論を深め、学びあう

 地域課題を解決するにあたって、「ヨソ者」の存在の重要性はつとに指摘されることです。地域の側から見ると、出身地も拠って立つバックグラウンドも異なる李さんらプロジェクトメンバーは紛れもない「ヨソ者」なわけですが、その力が効果的に発揮されることが、プロジェクト成功の鍵となります。本プロジェクトでは今後、同様の活動を台湾・韓国でも実施予定です。パズルのピースがぴたっとはまるように、お互いにとって足りない部分は補い、強みは十全に活かすことで、国際助成プログラムのめざす双方向的な学びのサイクルが生まれ、それおぞれの地域で変革が促されることを期待しています。

 印象的なシーンがありました。御嶽の調査中、木の表面にシロアリの痕跡をメンバーが見つけたときのこと。前述の台湾出身・傳さんは、このまま放置しておくと木が枯れる、早急に駆除すべし、との見解を示しました。それに真っ向から異を唱えたのが、日本からのプロジェクトメンバーで普段は温厚な樹木医・森陽一さんでした。曰く「自分がそれを征服できる技術を持っているからといって全ての状況でそれを使おうとするのは人間の驕り。この程度の喰い跡なら何の問題もない。シロアリにはシロアリの、森の中で分解者としてのれっきとした役割がある。そんなものは適度に放っておくのがよい。何でもかんでも排除して解決しようとするのは誤りだ」と。素人ながら個人的には森さんの考えに大いに共感してしまうのですが、このような状況で必ずしも単一の確立された正解があるわけではありません。各地域の事情はもちろん、互いの国の文化観、宗教観、個人のバックグラウンドに左右されることも多いでしょう。

 ただ、こうした状況に遭遇したときに黙ってやり過ごすのではなく、お互いの考えをぶつけ合いながら議論を深めていくことが、プロジェクトチームとしての成長となり、ひいてはプログラムが副題として掲げる「学びあいから共感へ」とつながっていくのでしょう。

 最後に4日間という限られた時間で、石垣・竹富・西表の三島を行き来しながら、約20か所の御嶽調査に加え、3つのマングローブ調査、それらの調査結果を即時反映させて2度のシンポジウム、島民との意見交換会、そして急遽アポを取り付けて市役所に直談判と、朝早くから夜遅くまで精力的に活動を行うメンバーの皆さんに敬意を表するとともに、これから約2年間のプロジェクトに微力ながら伴走したいと思います。

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Author

えんたく(Entak)

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