つながるベートーヴェン

夏の間に仕込んでいた特別企画「つながるベートーヴェン」のHPがオープンしました。 私は(なんと)編集長という役回りであります。 どうぞご贔屓に。 つながるベートーヴェン https://www.pac.geidai.ac.jp/beethoven

News

2020年9月10日

「伝統の森」を継承していくために

JOINT 26号(2018年1月)より転載
https://www.toyotafound.or.jp/joint/data/joint26.pdf 2017年12月7日から10日にかけて、肌寒い東京を離れ、比較的過ごしやすい気候の沖縄・八重山諸島を巡りました。対象となるプロジェクトは、現在国際助成プログラムの枠組みで助成を行っている「山・川・里・海を繋ぐ日・韓・台の『伝統の森』文化の保全と絆」です。 「伝統の森」を守れ  東アジアでは、人々と関わりあいながら、畏敬の念が払われ、地域で大切に守り育てられてきた「伝統の森(杜)」の文化が広く存在します。多様な動植物の棲息地として生態的な価値はもちろん、祭祀や巡礼の場として、あるいはエコツーリズムや防災林としての役割など、それは人々にとっても重要な意味をもつものでした。近年そうした認識が薄れ、森の保全が困難になっているという問題意識から、日本・韓国・台湾の3か国において、研究者、樹木医、NPO、そして地域住民らが有機的に連携しながら生態調査を行い、具体的な解決策を提示・実行するとともに、映像や書籍といった成果物を通して森の持続的な保全に資することが本プロジェクトの目的です。  プロジェクト代表者の李春子さん(神戸女子大学)は、韓国と台湾の大学を卒業後、日本の大学院で「鎮守の杜」をテーマに学位を取得しました。専門的な知見を持ちながら、韓国語・中国語・日本語を流暢に駆使して調査を行う李さんは、まさにこのプロジェクトに打ってつけの人物といえるでしょう。この度、約20年にわたって活動を続けてきた彼女のいわば集大成として、本プロジェクトが「アジアの共通課題と相互交流」をテーマに掲げる2017年度国際助成プログラムに採択され、昨年11月から活動を行っています。今回の沖縄では、現地の森の調査やプロジェクトのキックオフシンポジウムを含む、盛りだくさんな活動が実施されたのでした。 自然への深い信仰の中に暮らす人々  ここ沖縄で、森と人々との関わりを考える際に最も重要なキーワードの一つが「御嶽(うたき)」です。御嶽とは沖縄において信仰の拠り所となる聖域の総称。各集落の樹木や森を祀ったもので、古来より豊作や無病息災を祈る祭礼の場として、あるいは儀礼を司る文化の発信地として大きな役割を果たしてきました。訪問した八重山地方では「おん」とも呼称され、石垣島だけで今も大小合わせて約100の御嶽があるといいます。形態としては入り口に鳥居、その先には拝殿があります。さらに奥にはイビと呼ばれる石積みで囲まれた空間があり、ここに神様が降臨すると考えられています。  祭礼などの神事を執り行うのは、それぞれの御嶽に存在する「司(つかさ)」と呼ばれる神職者。司になれるのは限られた血統で、かつ神から宣託を受けた女性に限られます(ただし後継者不足から、司不在の御嶽もある)。男性はそもそもイビには立入禁止で、竹富を案内していただいた亀井保信さんによると、万一その法を犯してしまったら男性の局部がパンパンに腫れてしまうのだとか。イビには通常簡素な香炉が置かれているものの、それ以外に「物」としての神体や偶像が一切ないのも大きな特徴で、木や森が茂る空間そのものに対する畏敬の念が見てとれます。  調査中、何名かの司の方にお会いする機会を得ましたが、「霊能者からあなたが司だと言われた。何も疑うことなく司になった」、「昨夜、木の神様の声がずっと聞こえた。涙が止まらなかった」といった超自然的な会話が当たり前のように島民たちと繰り広げられ、木々や自らを取り巻く自然への深い信仰の中に暮らす人々の姿に大きな感銘を受けたのでした。 南根腐病の実態  今回、日本・韓国・台湾のメンバーからなるプロジェクトチームは、石垣島・竹富島・西表島の八重山三島の約20の御嶽において、詳細な実態調査を実施しました。結果、そのうちすくなくとも5つの御嶽で、木々が「南根腐病(みなみねぐされびょう)」という深刻な病気に侵されている事実が判明しました。  南根腐病とは、症状としてはまず全株の黄化、次いで萎み、最終的には枯死してしまうというもので、突然の倒木により人や建築物等に被害を及ぼす危険性もあります。罹患した樹木には、黄色から茶色の菌糸面が表面に現れるのが特徴ですが、根部の菌糸面は泥と砂土が混ざっているので専門家でないとなかなか正確な診断ができません。また、放置しておけば根を介した隣木への直接的な感染のみならず、子実体の空気中への飛散により、広範囲にわたって被害が拡大し、集落の森全体が枯死し裸地化してしまう恐れもあります。  この病気は、1928年に台湾で初めて発見されたということもあり、その経験や対策にあたっては台湾に一日の長があります。今回台湾から来日しあプロジェクトメンバーの一人・傳春旭さん(行政院農業委員会林業試験所・研究員)は調査の後、石垣で開催されたシンポジウムで約100名の参加者に向けて、御嶽の具体的な罹患状況を解説しながら、汚染した土壌の除去、燻蒸消毒、貴重な老樹に対しては外科的な治療といった早急な対応の必要性を訴えたのでした。 小さな積み重ねから大きなうねりへ  期間中、本プロジェクトの調査のことが、三度にわたって地元紙(八重山毎日新聞)の紙面を飾りました。その記事を見てシンポジウムに駆け付けたという方も多数おり、この問題の所在は、確実に八重山の地域住民の方々へと認知されることになりました。  また、竹富島で行われた意見交換会には、島民の約10分の1にあたる30名超の方が参加し、熱心に議論が行われました。結果、島民自らの発議により、年に2回の祭りの際に、木に巻き付いて被害を及ぼす葛を島民皆で取り除こう、ということがその場で合意されたのでした。葛を取り除くということ自体は竹富の中でのほんの小さな行為ですが、こうした小さな具体的成果を着実に積み重ねていくことが、やがて大きなうねりになっていくのでしょう。島民たちの熱気にあふれた議論と、自分たちの島を守りたいという主体的な意思を目の当たりにして、私も思わず胸が熱くなりました。  シンポジウムや意見交換会に加え、今回の調査結果は、石垣市役所の担当部長にも直接報告を行っています。報告を受け、今後行政がどのような対応を行うかということについては、今回地元紙に記事を発信しつづけてくれた記者が引き続き取材を行うことになっています。研究者や専門家といった、限られた少数の人だけで地域を動かすことはできません。当然、真の当事者である地域住民や行政の参画や協働が不可欠なわけですが、その意味で今回の訪問は実りあるものになったといえるのではないでしょうか。確かな手応えをプロジェクトメンバーも感じているようでした。 補いあい、議論を深め、学びあう  地域課題を解決するにあたって、「ヨソ者」の存在の重要性はつとに指摘されることです。地域の側から見ると、出身地も拠って立つバックグラウンドも異なる李さんらプロジェクトメンバーは紛れもない「ヨソ者」なわけですが、その力が効果的に発揮されることが、プロジェクト成功の鍵となります。本プロジェクトでは今後、同様の活動を台湾・韓国でも実施予定です。パズルのピースがぴたっとはまるように、お互いにとって足りない部分は補い、強みは十全に活かすことで、国際助成プログラムのめざす双方向的な学びのサイクルが生まれ、それおぞれの地域で変革が促されることを期待しています。  印象的なシーンがありました。御嶽の調査中、木の表面にシロアリの痕跡をメンバーが見つけたときのこと。前述の台湾出身・傳さんは、このまま放置しておくと木が枯れる、早急に駆除すべし、との見解を示しました。それに真っ向から異を唱えたのが、日本からのプロジェクトメンバーで普段は温厚な樹木医・森陽一さんでした。曰く「自分がそれを征服できる技術を持っているからといって全ての状況でそれを使おうとするのは人間の驕り。この程度の喰い跡なら何の問題もない。シロアリにはシロアリの、森の中で分解者としてのれっきとした役割がある。そんなものは適度に放っておくのがよい。何でもかんでも排除して解決しようとするのは誤りだ」と。素人ながら個人的には森さんの考えに大いに共感してしまうのですが、このような状況で必ずしも単一の確立された正解があるわけではありません。各地域の事情はもちろん、互いの国の文化観、宗教観、個人のバックグラウンドに左右されることも多いでしょう。  ただ、こうした状況に遭遇したときに黙ってやり過ごすのではなく、お互いの考えをぶつけ合いながら議論を深めていくことが、プロジェクトチームとしての成長となり、ひいてはプログラムが副題として掲げる「学びあいから共感へ」とつながっていくのでしょう。  最後に4日間という限られた時間で、石垣・竹富・西表の三島を行き来しながら、約20か所の御嶽調査に加え、3つのマングローブ調査、それらの調査結果を即時反映させて2度のシンポジウム、島民との意見交換会、そして急遽アポを取り付けて市役所に直談判と、朝早くから夜遅くまで精力的に活動を行うメンバーの皆さんに敬意を表するとともに、これから約2年間のプロジェクトに微力ながら伴走したいと思います。

JourneyNews

2018年2月1日

身体知性

身体知性 医師が見つけた身体と感情の深いつながり 合気道の尊敬すべき先輩・佐藤友亮さんの著書。年末年始に読んだ何冊かの本の中でも出色でした。 分析的アプローチと統合的アプローチ、近道思考と内的感情、非中枢的身体と自動化。 「メタ認知」は「離見の見」、「自他境界壁の低減化」は「敵を想定しない主客の融合」。 普段何となくぼんやり考えていたことが、豊富な事例と的確な表現で説明されていて、膝を打つことしきり。初めて医師の本領を見ました(笑) -「『開かれた対話』に一番大切なことは?」「大騒ぎ!」 素晴らしい。 「複数の主体」の「複数の声」がポリフォニーを形成していることが、オープンダイアローグの要諦だそうだが、それは社会の関わりにとっても、そして一個の身体にとっても同様なのだ(と私は理解した)。 折に触れて読み返したいと思います。 【追記】 Facebookに流したところ、佐藤さんご本人から、文中で言及されているオープンダイアローグの映画を紹介してもらいました。YouTubeで見られるんだって! https://www.youtube.com/watch?v=_i5GmtdHKTM&feature=emb_title

Book

2018年1月6日

沖縄御嶽紀行

2017年最後の出張は八重山(石垣・竹富・西表)でした。 その後、本島では久々に東京時代の畏友よっちと再会し、模合に参加させてもらったりまさかのビッグダディと遭遇したりと、愉快な旅となりました。 Tour of Sacred UTAKI in Okinawa (以下FBから転載) UTAKI (御嶽, also called ‘ON’) is a sacred place in Okinawa. Okinawan people worship trees and nature as a god, and more than 100 UTAKIs still remain in Ishigaki island. Through an intensive field research led by Dr. Lee Choon Ja and her team, it turned out that some of UTAKIs were infected by serious disease and we needed to take a practical measure to save trees! 御嶽(「うたき」と読む。八重山では「おん」とも呼称)は、琉球(沖縄)に広く見られる樹木崇拝の形態およびその施設の名称。石垣だけで今も大小合わせて100を超える御嶽が存在する。今回、日本・台湾・韓国の混成チームからなる集中的な調査において、いくつかの御嶽では南根腐病への感染を始めとする深刻な事態が進行していることが確認され、島民や行政も巻き込んだ早急な対応の必要性が明らかとなった。 4日間という限られた時間で、石垣・竹富・西表の八重山三島を行き来しながら、三カ所のマングローブ調査、十数カ所の御嶽調査、その調査結果を即時反映しながら二度のシンポジウム、島民との意見交換会、そして急遽アポを取り付けて市役所担当部長に直談判と、相変わらず李 春子さんのエネルギーには圧倒されます。 記者さんとのコミュニケーションもぬかりなし。ばっちり地元紙の一面も飾りました。 訪問御嶽リスト(備忘) 名蔵御嶽、長崎御嶽、真乙姥御嶽、宮鳥御嶽、美崎御嶽、天川御嶽、世持御嶽、波座間御嶽、清明御嶽、仲筋御嶽、幸本御嶽、国仲御嶽、前泊御嶽 プロジェクト情報:山・川・里・海を繋ぐ日・韓・台の「伝統の森」文化の保全と絆 Photos:Tour of Sacred UTAKI in Okinawa

Journey

2017年12月15日

2017秋、アメリカ、カナダ

10月下旬から11月上旬にかけての2週間、アメリカとカナダの西のほうをぐるっと巡りました。知人の結婚式(@カリフォルニア州ベンチュラ)にかこつけてね。 どこも良かったけど、特にカナダは住みやすいと思いましたね。 滞在中世話になりまくったジェイソン&アリス夫妻に感謝ですな。 Los Angeles, Ventura The US, Canada (1): Oct/Nov 2017 Yosemite, SFMOMA The US, Canada (2): Oct/Nov 2017 San Francisco The US, Canada (3): Oct/Nov 2017 Vancouver, MOA (Museum of Anthropology at UBC), Vancouver Art Gallery The US, Canada (4): Oct/Nov 2017

Journey

2017年11月20日

ラオス滞在

久々のラオス、そして久々の虫明悦生さんとの再会。 彼にラオスをいろいろ案内してもらったのはもう7~8年前になるだろうか。 観光都市ルアンパバーンから約200km、車で約3時間のナーヤンタイ村で実施しているプロジェクトも実りあるものとなりました。 Photos:Thailand, Laos: Sept/Oct 2017

Journey

2017年10月12日

韓国慶州・清州訪問

東アジア市民社会フォーラム、於・慶州 The 8th East Asia Civil Society Forum, Gyeongju パブリックアートプロジェクト、於・清州 Public Air / Kogane-cho Art Project, Cheongju Photos:Korea, Aug 2017 【追記】 勤務先の広報誌の表紙に、慶州を訪問した際の写真が!訪問の様子は27ページです。 「JOINT」No.25

Journey

2017年8月31日

フエはなかなかタフじゃった

ベトナム中部の世界遺産、フエ。 助成金をお渡しするという主業務の性格上、手前味噌ながら基本的には感謝されることが多いこの仕事ですが、今回はなかなかタフなネゴシエーションが続きました(-o-;) いやー、前任者との円滑な引き継ぎって大切ですね。 Photos:HUE

Journey

2017年5月1日

東ティモール巡り

若い国。これからどんどん伸びてくでしょう。 素晴らしくエネルギッシュな国でした。 国民的英雄エゴ・レモスとの出会いにも感謝。 東ティモールでのフィールドワークに参加しました Photos:Timor-Leste

Journey

2017年4月20日

ボロブドゥール!

インドネシア出張の合間を縫って、ボロブドゥールに行ってきたぞ。 院生時代に長らく住んだインドネシアであるが、ボロブドゥールは今回が実は初めてなのだ。 数少ない役得! Photos:BOROBUDUR

Journey

2017年4月15日

三一節、ソウル

別件で滞在した韓国は、たまたま三一節(独立記念日)とかぶってました。なかなか強烈な感じでしたよ。 Photos:三一節(独立記念日)デモ@ソウル アジアの高齢化と周辺課題 「別件」(というか本業)の写真はこちら。レポートはこちら。 多文化社会 1月には神戸でもこんなイベントをしてました。(写真・イベントレポート) 年初から結構働いてる!

Journey

2017年3月3日

マレーシアで食いだおれ

マレーシアへは食のプロジェクトで。 市場巡りが面白かったです。まともにマレー語使うのも久しぶり^^ Photos:Malaysia, February 2017

Journey

2017年2月18日

リーベル復帰

久しぶりのフットサル。 リーベル(うちのチーム名ね)としては、ブラジル行く前以来だから3年半ぶりくらい?? 記憶が確かなら、前回は8月夏休みモツナベーレ(これまた関西へ帰省したときにたまに参加させてもらうチーム名ね)の淡路島合宿で、さらにその前は5月くらいに別チームの友達に誘われて行ったときだから、このペースだとボール蹴るの年に3~4回くらいか。 もっと蹴りたいのう。 やっぱフットボールは抜群に面白いよ。

Football

2016年10月16日

インドへわしも行ってきた

  インドへわしも行ってきた。 しめて10日ほど。 居心地、という点ではタイとかインドネシアとか、慣れ親しんだ東南アジアのほうがはるかに良い。 インドはそりゃあまあ、強烈な体験でありました。 人がとにかくわちゃわちゃしてる、ってのがいちばん性格な形容ではなかろうか。 時を置いて、紀行文に残しておくのである。   デリー アーグラ カジュラーホー ヴァーラーナシー  

Journey

2016年9月28日

江ノ電、鎌倉

梅雨の合間にほっこりと小旅行。たまにはいいやね。 Photos:Enoden, 11 July 2016

DiaryJourney

2016年7月14日

イルマが東京にやって来た

マカッサルでよく一緒に遊んでいたイルマちゃんが現在日本滞在中。 Photos:Tokyo, 10 July 2016

Diary

2016年7月10日

ミャンマー、ベトナム、タイ

上手く日程が合って、ミャンマーとベトナムとタイで担当している複数のプロジェクトのイベント、無駄なく隈なく回ることができたよ。 特にミャンマーでは、移民の送り出し国(ミャンマー、カンボジア)と受け入れ国(タイ、日本)のステークホルダーが、草の根レベルで交流するという画期的な機会となりました。 Photos:Myanmar, Vietnam, Thailand, June 2016

Journey

2016年7月3日

ジャカルタ、マカッサル、クアラルンプル

20代の前半から半ばにかけて、2年間を過ごしたマカッサルへ久々の訪問。嬉しい再会も、新たな出会いも。 心から感謝です。 Photos:Indonesia, Malaysia, May 2016

Journey

2016年5月31日

ソウル散策

ゴールデンウィークは韓国出張。 メシは福岡ハンバーグ、カフェはナムサイロがおススメです。 Photos:Seoul, April 2016 【備忘】 Ansan(multicultural street), Hanyang Univ., Leeum, MMCA, Fukuoka Hambageu, Seoul NPO Center, Namusairo etc

Journey

2016年5月5日

富士、桜

ブラジル人の友人、チアゴとデボラそしてJICA同期のケリーとともに、富士に桜を見に行きました。なかなかに心温まる時間でした。日本人でも意外とこんなベタなとこ行ったことないもんよね。 Fui à província de Yamanashi com os amigos brasileiros para ver Mt. Fuji e a cerejeira e para ir as termas. Pena que estava um pouco nublado. Queria tirar as fotos mais lindas! Photos:FUJI, SAKURA

Diary

2016年4月17日

アジア非営利セクター国際会議(ICANS)

ICANS (International Conference on Asian Nonprofit Sectors), January 20-23 2016, organized by the Toyota Foundation. More than 100 people of nonprofit sectors from Asian countries get together at International House of Japan, Roppongi. Perhaps this is the first attempt to gather and share our knowledge and experience. I’m not engaged in this project directly, as I stayed in Brazil until last year. I just joined yesterday only as a photographer. Ken Aoo, Hideo Tone and Michiru Sasagawa of TF prepared for the event for more than 2 years. I respect all the efforts they made, and congratulate the great success of ICANS. Hope that the network will continue and expand! Photos:ICANS, January 20-23 2016 Report:アジア非営利セクター国際会議(International Conference on Asian Nonprofit Sectors: ICANS)

News

2016年2月1日

地域のための再生可能エネルギー、北海道

北海道周遊 Field trip to Sapporo(札幌), Ashibetsu(芦別) and Yubari(夕張) with practitioners and researchers from Asian countries. 南米づいてた自分にとって、久しぶりの国内周遊。東南アジアの人たちとも久々の交流を楽しむことができました。 Photos:Field trip to Sapporo(札幌), Ashibetsu(芦別) and Yubari(夕張) with practitioners and researchers from Asian countries. Report:地域のための再生可能エネルギー -日本とアジアから考える 【追記】 本イベントでお世話になった秋山記念生命科学振興財団の常務理事・宮原正幸さんが2017年12月19日急逝されました。心よりお悔やみ申し上げます。

News

2015年10月15日

Starting All Over Again

7月1日、帰国 2年ぶりに日本へ帰ってきたぞ。 ブラジルが面白すぎて、帰国したら鬱にでもなっちゃうんじゃないかと思ったけど、意外と適応できている。 やっぱ日本いいとこだな。 メシは何食っても美味いし、どの店入っても店員さんたちのサービス精神はんぱないしな。 帰国して成田からクロネコヤマトでスーツケース送ろうと思って空港のカウンター行ったんだけど、そのヤマト社員さんたちのキビキビ動くこと動くこと。 無駄なく絶え間なく動き続け、で、ほとんど待たされてもないのに「お待たせしました」と。 当然ながら、お釣りもちゃんと1円単位でくれます。 感動しすぎて、不覚にも泣きそうになったね私は(笑) 逆に言うと、ブラジルではそんだけゾンザイに扱われてたということか。 まあ、それはそれで気遣わなくていいぶんラクだったということも言えるし、 この日本の素晴らしすぎるホスピタリティは、そんだけのストレスを送り手に強いているということなのかもしれぬ。どちらも良し悪しということなんでしょうなあ。 家探しの週末を挟んで、さっそく翌週からサラリーマンに復帰である。 久しぶりのデスクワークというのも、結構楽しいもんではないか。 やっぱ2年もブランクあると何でも新鮮に感じるもんなのね。 来週いっぱいくらいまでは、役所行ったり荷物搬入したり家具揃えたり挨拶回りしたりで、生活基盤整えるのにあくせくしてると思う。 以降、飲みましょう。ぜひとも日本を満喫いたしましょうぞ。 6月20日、お別れ会 恒例のフェスタジュニーナ、兼お別れ会。 Photos:Festa Junina / Despedida, 20 de junho そして6月28日、任地ポルトヴェーリョからサンパウロへ出発前の空港にて。 午前2時過ぎのフライトにもかかわらず、多くの人々が見送りに来てくれたのです。 ありがとう。皆さんのことは忘れません。

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2015年7月17日

バイホ・チラデンチスに集う人びと(順不同)

うふふ。 ふふふ。 Abraços a todos!!

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2015年6月15日

レンソイス

ちょっとした小山を登りきるとそこは、、、 うひゃー、なんじゃこれ!!! レンソイスです。 Photos:Lençóis 帰国前の慌ただしい中、無理なスケジュール組んで行った甲斐ありました(T T) これでブラジル、もう思い残すことはありまへん、と言いたいとこなんだけど、唯一あとロンドニア州の、(観光用とかではないホンモノの)インディオ居住区、今回の滞在では行けないまま時間切れになりそうだ。 ずっと行きたいと思ってFUNAI(Fundação Nacional do Índio/国立インディオ財団)に打診もしてもらってるんだけどいろいろややこしいみたい。 一度、もともとインディオで今は街で暮らしている友人から誘われたのだが、そのときは別の行事と重なって断念したのだ。 今にして思えば千載一遇のチャンスやったな。ま、しゃーない。 ちなみに我がロンドニア州にはこうした居住区が部族/民族ごとに33あるという。 とまれこれからあと二週間は、私にとって(ブラジルという)非日常の中の(ポルトヴェーリョという)日常の中のさらに(帰国前のドトーの)非日常、という複雑なレイヤーの日々。それに伴って気分も徐々に微妙なグラデーションである。 そんな中でもできるだけ淡々と中庸、を心掛けておるのです。

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2015年6月9日

拳銃ぶっ放しにいってきた

普段お世話になってるTさんに、拳銃撃ちに行こうと誘われた。 Tさんちから歩くこと1分。前の通りを隔ててほんのすぐのところにこんな場所があったとは。 ここブラジルでは、一般人でも拳銃を持ち歩くことが許されてる。 で、拳銃自体は1丁あたりだいたい6000~8000ヘアイス(約24万~32万円)だけど、それを所持するためのライセンス、というのが1丁ごとに必要で、それにも拳銃本体と同程度の費用がかかるという。 見せてもらうと出てくる出てくる、免許証大のライセンスカード、わんさかと。 一体何丁持ってんだ(笑) 所持するには要ライセンスだけど、それをぶっ放すのは誰であろうが全くもって自由(多分)。 このたびは、その射撃場のオーナーみたいな人が、Tさんの所有する不動産の店子でもあるということで、何の登録も支払いもなく、ホンモノの拳銃をパンパンパンパン撃たせてもらってきたというわけなのである。 いやー、役得役得。実に稀有な体験であった。 撃ったときの衝撃で拳銃がピュンと上に跳ねる。 でも引き金は驚くほど軽くてほんとパンパン撃てちゃうのだ。 こんな軽いの一発急所に喰らうだけで人が即死しちゃうわけで、ちょっとおっとろしい気分になりますね。 で、もちろんこんなもん持たずに普通に暮らしていけるならそれに越したことはないんだけど、現実にはそうはいかないのだ。 私自身は、この2年間のブラジルで危ない目には遭ってないけど、それは僥倖以外の何物でもない。 同じアパートの隣人は何度も空き巣にやられてる。身近な人間の中にも実際に銃で襲われた人何人かいるし、周りで殺人事件もしょっちゅう聞く。 Tさんにしたって、自宅へ空き巣に入られたこと、一度や二度どころではない。 そんな物騒な世の中では、好き嫌いにかかわらず持たざるをえない、というのが現実なんですね。 ん。ちょっと待て。 これはあくまでブラジル社会の中での個人の話だけど、 今日本では国のあり方として似たような議論が巻き起こってるようですな。武装するしないだとか、自衛するしないだとか。 実際に拳銃ぶっ放してみるとリアリティあるな。 そりゃ戦争なんかしたかないけど、かといって殺されちゃったら元も子もないから武器も持ちたくなるわけで、襲われたら反撃もしたくなるわけで。そりゃ一概には否定できんよのう。不本意ではあるけど。 なかなかに悩ましいお題である。 上がブラジル製、下はチェコ製。素人ながらに、チェコ製のが撃ちやすいと感じました。 こちらは猟銃。 インストラクターの皆さん。さすが、揃いも揃って皆ごつすぎ(笑)

Diary

2015年5月20日

おうち探し

最近のマイブームは、というか思いっきり必要に迫られてやってるだけなのだけど、 んもう完全に新居探しである。 ヒマさえあれば掘り出しもんはないかと、物件サイトをあさりまくっている。 7月1日に2年ぶりに帰国する。 1ヵ月半後にはまた自分が日本で普通に暮らしてるなんてちょっと実感湧かないけど、まあこればかりは仕方ない。 ここブラジルでの住居、間取りは2LDK、一部屋がバカでかいので面積優に100平米はありそうだ。家賃850ヘアイス(約34000円)、そして何より通勤時間30秒(!)、 ただし治安悪いけど(←この2年間でアパートの隣人、3度空き巣にやられる・笑) 私が帰国後復職することになっている職場は西新宿だ。 さすがに現在のような好条件な部屋を東京で望むのは無理筋だが、限られた時間や予算の中で、これだけは譲れない、という条件をいくつか挙げてみよう。   間取り最低でも2DKは欲しい。       広さ最低でも40平米は欲しい。     家賃最高でも十●万以内。     かつ築20年以内が望ましい。何となくだけど。地震怖いし。   ブラジルに来る前、東京で住んでいたのは3DK、約50平米。それでも手狭だった。 私、一人暮らしの分際でやたら荷物が多いのだ。 結局前回の引っ越し時はファミリー料金取られちゃったし(笑) なので新居も3DK以上、あるいはより広ければ広いに越したことはないのだけど、もし以下の条件を満たすのであれば、2DKの間取りでも私は耐え忍ぼうぞ。   チャリ通できる。   これよ、これ。 さすがに今みたいな通勤時間30秒というのは望むべくもないけど(そもそもあの西新宿の高層ビル群の中に住みたいと思わねーし)、せめてチャリで通える距離には住みたい。 もっと正確に言うと、チャリでも歩きでもいいんで、とりあえず電車通勤はしたくないということに尽きる。 この2年間の生活で、私の通勤にかける時間とエネルギーに対する耐性は崩壊してしまいました(笑) もう今さら毎日満員電車だなんて考えられまへん。 というわけで、今私の中で第一候補はずばり東新宿だ。 東新宿から西新宿まで、地下鉄でいえば2駅分、チャリだと10分くらいだろう。 往復20分の有酸素運動で毎日手っ取り早くダイエット対策できる! 大久保とか歌舞伎町で飲んだり末廣亭の寄席覗いたりしてそのまま歩いて帰れる! 合気道の本部道場もすぐ近くだし! 休日は御苑で緑の空気をスーハースーハー(笑) 何かと便利だろうなあ。そんな新生活を夢想している。 新宿でなければ、四谷とか神楽坂とか、あるいは馬場くらいまでならありかなあ。 快適な生活にあたって住居はこの上なく重要ですよ住居は。 良い物件に巡り合いたいものです。

Diary

2015年5月14日

ワンダフルライフとゴーストスープ

是枝監督の『ワンダフルライフ』を再見した。 例によってリベルダーヂで買ってたのである。 「あなたの大切な思い出を一つだけ選んでください」 そこで選び再現された一番大切な記憶とともに、人は天国へと旅立っていく、らしい。 いやー、やっぱいい映画ですね。 こういう静謐で世界観のある映画が好きだ。 そして改めて見て私は、一本の作品を思い出した。 岩井俊二の『ゴーストスープ』である。(←ていうかすごい。日本の作品やのにWikiったら日本語版はなくて英語版だけあった) こちらもテーマは、死者の交感と旅立ちの物語だ。 映画じゃなくテレビドラマだし、まだ彼がブレークする前だし、尺も短いし作りもチープだしで(ってボロカスやな)、多分全然メジャーな作品じゃないと思うけど、これもめちゃいい短編なのよ。 http://www.dailymotion.com/video/xto1gw_%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88-%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%97-ghost-soup-trailer-1992-iwai-shunji_shortfilms 鈴木蘭々、若い!! こういう作品たちのよくないところは、優れた作品であればあるほど、見終わった後にほっこりしちゃって刹那の幸福感で満たされてしまって、俗世に散らかりまくってる身の周りの出来事が、もうどうでもよく感じられちゃうことだ(笑) これはあきまへん。 帰国を間近に控え、山ほどある提出書類とか手続きとか荷造りとか新居探しとか引っ越しとか…。ああ考えるだけで頭痛くなってきた。 にしても雨多いな毎日。いつまで雨季やねん。 いくらアマゾンといえ、もう5月やぞ!!!  

Movie

2015年5月7日

『Nのために』にハマる

『Nのために』なるドラマを見たぞ。 全10話、3日間で。 1月にサンパウロ行ったとき大量の映画DVDとともに、この連ドラも大人買いしていたのである。にしても2014年10月~12月までのドラマで、翌1月にはもうDVDがコンプリートされてるなんて、大した機動力だな。Amazon調べてみたら、オフィシャルのDVDが発売されてたのはつい先日の3月25日だったのに。 おそるべしリベルダーヂ。 連ドラを通して見たのは昨年の『あまちゃん』以来だ。 友人Sに勧められ買ってはみたものの、ほんまにおもろいんかいや、と半信半疑だったのだが、いい意味で期待を裏切られてしまったぞ。見事に「Nロス」になってしまった。 現実的には無茶やなって設定とか展開もあるにはある。 例えば。 N作戦ってのが出てくるんだけど、野バラ荘ってボロアパートを救うために野口夫妻とお近づきになるってのが最初。んで旦那の野口貴弘から嫁の奈央子を奪い去るのがN作戦Ⅱ。このドラマの肝とも言えるこの2つの作戦が、いずれも杜撰すぎる。んなアホな!連発である(笑) ドラマの冒頭で、希美(榮倉奈々)の親父(光石研)が愛人連れて来て、家族が豪邸追い出されるんだけど、そんな下世話なスキャンダル起こしときながら、それ以後も親父の会社が何事もなかったかのようにうまく回ってるのが不思議だ。少なくともドラマで描かれてるようなあんな小さな島のコミュニティであれば、あんなこと仕出かしたらもう噂が噂呼んで島中から白い目で見られ、まともにビジネスどころじゃなくなると思うのだが。特に信頼が必要な建築業だし。それともあの親父、よほど天才的なビジネスマンなのだろうか。 大学で英文科だったはずの希美が、卒業後数年で、友人と一緒に設計事務所を立ち上げてるってのも不可解だ。しかもやたらいいとこ住んでるし、それなりに稼いでたであろうことも窺える。そんな優秀だっけ希美って。少なくとも高校時代の彼女はそのように描かれていない。慎司にも将棋負けっぱなしだし。 仮に百歩譲って努力の末に何とか事務所を立ち上げたのはいいとしても、理由も告げずにあっさりそこを辞めるのも不自然だ。一緒に起業した仲間ともなれば、ともすれば学生時代の友人たちより深くいろんな苦楽をともに味わったはずなのだ。ちょっとパートナーを舐めてやしないか!?身勝手すぎるぞ希美! 後半から野口貴弘ことチュートリアル徳井の役柄が狂気じみてくるんだけど、彼の演技がチュートリアルの漫才ネタにしか見えません(笑) M1で優勝したのもあんな感じのテンションだったしな。いやむしろそれを見越しての抜擢だったのだろうか。 https://www.youtube.com/watch?v=acRI9OMTZNo 原作読んでないけど、小説ではそういうとこももうちょいナチュラルに描かれてるのかね。 それはともあれ、多少無理のある展開を、何とか最小限に抑えようという脚本家の工夫は随所に見られたし、現在・大学時代・高校時代と3つの時間を頻繁に行き来しながら、徐々に徐々に謎を明かしてく手法も見事だと思った。これは10回の連ドラだからできることで、2時間尺の映画でやられたらせわしなく感じるだろうしな。まさに連ドラならではの醍醐味だ。 これで『あまちゃん』『Nのために』と見た連ドラ、続けて当たりだ。 これは私の選球眼が良いせいなのだろうか、それとも単に自分が無知なだけで、今日本の連ドラっておしなべてこんなレベル高いんだろうか。やりよる連ドラ。 いやー、にしても最後、奈央子(小西真奈美)が、自らを救出しようと(勘違い)していた西崎(小出恵介)に放った一言にはぶったまげましたね。 未見の方はぜひ。

Movie

2015年4月14日

カズはすごい。ほんますごい。

ご存じ三浦知良選手がJ2ジュビロ磐田戦においてゴールを決め、自らの持つJリーグ最年長ゴール記録を更新した。 この人はほんますごいな。 48歳1ヵ月10日でのゴール。 仮に10歳若い38だったとしても「大ベテラン」と言われるであろうサッカー界において、40をとうに越え、今や50近くになっても未だアスリートとして結果を残すとは、並じゃない。超人でしょほんま。 私の見るところ、カズの選手としてのピークは、ブラジルのコリチーバからサントス、帰国後はJリーグ開幕前の読売クラブ、そして開幕最初期のヴェルディ時代までだ(具体的には89年~93年くらい)。 ああ懐かしのオフトジャパン、92年のアジアカップ決勝@広島ビッグアーチ。 https://www.youtube.com/watch?v=urYJmKkXbeU 当時広島に住んでた私はこの歓喜の瞬間を、サッカー部の友人たちとまさにこのスタジアムで迎えたのだった。振り返ってみれば、この頃が当時成長著しかった日本代表、そしてカズにとっても最高の時期だったのではないだろうか。 それ以降は、セリエA仕様に合わせるためなのか(彼は94年ジェノアに移籍し、アジア人初のイタリア・セリエAプレーヤーとなった)、ウェイトでヘンに筋肉付けすぎちゃって、見るからに堅くて重々しいプレーになってしまった。走るたびにドシッ、ドシッって鈍い足音が聞こえてくるくらいに。 ブラジル時代のプレーも決して柔らかいとは思えないけど、それでも余計な筋肉がない分、軽やかなステップには目を見張るものがあったのだ。世界で伍して戦うには致し方のない選択だったのかもしれないけど、もうちょっとマシな方策もあるはずで、個人的にはカズのこの「肉体改造」は誤りだったと思っている。 https://www.youtube.com/watch?v=D96C6A_aCSU   https://www.youtube.com/watch?v=ZY_j--iOMbU なので、失礼を承知で率直に言ってしまうと彼のピークは20年前に過ぎてるし、今さら全盛期のキレキレの動きが戻ることはないし、残念ながらもう日本代表に選ばれることも、子供の頃からの夢であったW杯に出場することも叶わないだろう(ファンとしては、やはり98年フランス大会には出てほしかったけど)。 が、たとえかつてのピークからは衰えたとしても、常に心身をコントロールし、自らにとっての最高値を30年にわたって維持し、かつ結果も残すって、もうその時点で驚異的でしょ。 本人は年齢とか関係無く、プロフェッショナルとして誇りをもってやってるはずで、こんなことで周りから取り上げられるのはあまり本意じゃないだろうけど、それでもやはり最大限の敬意を払わずにはいられません。 特に、浮気性でいろんなことにすぐ目移りしちゃう私だからこそ、このカズさんの一つの事に真摯に向き合う続ける姿勢というのがより一層眩しく見える(笑) カッコ良すぎるぞカズ! うむ。カズを観にスタジアム行くのも、帰国後やることリストに加えておこう。

Football

2015年4月7日

三ヵ月後の今頃にはぼくは

2月に、ブラジルに来て二度目の誕生日を迎えた。 今さら誕生日なんて嬉しくもなんともないんだけどさ、前後を含めた数日、各所から何か過分なほどに祝ってもらっちゃって、それはそれは悦しい時間を過ごしたのだった。 で、翌3月は3月で親しい友人たちの誕生日がごっそり固まってて、ほんと毎週パーティーがあった。 飯食って、歌歌って、ケーキ食ってシャンパン飲んで…と、やるこた毎度ほとんど一緒。 でもそれぞれの人にとって例外なく一年に一度限りのイベントである誕生日、ここブラジルでは(他の多くの国々と同様)日本よりはるかに大きな意味を持っていて、同じメニューが毎週続いたとしても飽きもせず、繰り返し繰り返しフェスタは催されるのだ。 何というか、温かく幸せな瞬間たちでしたね。 で、こういうのが続けば続くほど久しぶりにセンチメンタルな気分も募ってしまったわけよ。 毎度の甘ったるーいケーキとガラナをほうばりながら考えた。 来年の誕生日を迎える頃にはぼくはもうここにいない。 いやそれどころかもう三ヵ月後の今頃にはぼくは、日本に帰国する機中にいる。 今から三ヵ月前といえば、ちょうど年末の旅行でパラグアイを巡ってた頃だ。 そこから今までと同じ期間をもう一度過ごしたら、もうブラジルでの生活は終わってしまうということか。 って、ほんますぐじゃん!!!(T T) かつて梶井基次郎は言った。 こんなに美しいときが、なぜこんなに短いのだろう(『冬の日』) うーん、さすが梶井ちゃん、ええこと言いよる。 (ちなみに切なすぎるこの短編は青空文庫でタダで読める) 俵万智は詠んだ。 一年は短いけれど一日は長いと思っている誕生日(『サラダ記念日』) ああそうだそうだ。良くも悪くもほんとそうだ。 三ヵ月後の機中でロングバケーションの終焉を迎えるぼくは、 8月31日の小学生みたい(赤名リカの名言@『東京ラブストーリー』) なのを、さらに100倍くらい陰鬱にした感じに仕上がってることであろう(笑) まあせめてそれがちょっとでも軽減されるよう、帰国までの日々、ブラジルを味わい尽くしましょうね。 (いや、そんなことしたらしたで逆効果かな) ちなみに今日3月29日は、ルイキとアルベルトの誕生日でした。 偶然にも、ぼくがこっち来て一番世話になってるこの二人の若者は同じ誕生日なのです。 いつもあざす。そして二人の一年に幸あれかし。

BrazilDiaryPorto Velho

2015年3月29日

米朝師さようなら

米朝師が逝った。 もちろん残念なことではあるけれど89歳、大往生ではないか。 ざこばによると、上手な、キレイな最期であったという。何よりである。 自ら寄席に通うほど落語が好きになったのは東京に住んでからのことなので、個人的には上方落語より江戸落語のほうが馴染み深い。 多分、分量にしたら上方落語の100倍は聴いてると思う。 とはいえ元々出自が関西である私、上方落語と、その総帥たる米朝師へのリスペクトは忘れてないつもりだ。神戸に住んでた子どもの頃は、テレビや親の持ってたCDなどで、よく聴いてたものだ。 米朝師、何より尊敬に値するのが、歴史に学ぶその姿勢だ。 今じゃちょっと想像できないけど、戦後上方落語は喜劇や漫才に押され風前の灯。 そんな中にあってその再興に尽力するとともに、多くの師匠方のもとに通い、すでに演じられなくなっていたいくつもの古典を発掘、現代に蘇えらせたのが米朝師だったのだ。(完全にネット情報からの受け売りだけど・笑) 愛弟子でありライバルでもあった枝雀師の芸が鬼気迫るほど熱気に満ちたド迫力の高座であるのに対し、米朝師のそれは何というかもう、流麗!めっちゃエレガント!!って感じなのだ。 私が稽古してる合気道で喩えていうなら、 米朝師が植芝盛平(合気道開祖)、 枝雀師が塩田剛三(養神館館長)。 何となくそんなイメージで捉えてんだよね。ちょっと違うか。 とまれ枝雀、志ん朝、談志そして米朝と、落語界は東西ともに大看板を皆失いましたね。 辛うじてあと存命なのは小三治師くらいでしょう。 帰国したら聴きに行きましょうね。 まだ帰国したくないけど、それは不可避な事柄のようなので、せめてそれを帰国後の楽しみの一つにしよう(笑)

Rakugo

2015年3月22日

五年目

そのときのことはまだ鮮明に覚えている。 翌月に控えたフィリピン出張について伊藤道雄さんと、彼の率いるACC21のオフィスで打ち合わせをしていたのだった。 ソッコーでオフィスの外に出たら、目の前の高層ビルがぐわんぐわん揺れていた。 一緒に打ち合わせをしていた同僚がそこから徒歩圏に住んでいて、その日は彼女の家に泊めてもらった。 本来の職場である都心のビルの37Fにいた他の大多数の同僚たちは帰宅難民となって、オフィスで夜を明かしたという。 それから二年、仕事として震災支援に携わって何度も岩手と宮城と福島に行って、その後の二年はブラジルだ。 被災地で出会った人びとは今どうしているのだろうか。 一年前と同じことを考えている。 気づけばもうすぐ帰国。

Diary

2015年3月11日

旅の本筋とは関係ない話 その4(リオデジャネイロ)

リオデジャネイロはとっても良かった。 サンパウロ、クイアバ、カンポグランジ、パンタナウ、ボニート、クリチバ、イグアス、サントス、マナウス、ブラジリア、ポルトアレグレ、グラマード、フロリアノポリス、レシフェ、オリンダ、サルバドール、ベロオリゾンチ、オーロプレット、そして普段住んでるポルトヴェーリョと、思い返すにこの一年半で結構いろいろな街を訪れたものである。 でも、中でもリオは歩きがいがあるのだよ。 さすが、『地球の歩き方』ブラジル編でも最初に紹介されてるだけはある(笑) どうにかして近い将来住めないものか。 Photos:2014/15 VIAGEM-7 / Rio de Janeiro 今回の滞在期間は5日間。 この間、ブラジルが世界に誇る魅惑の海岸群や、 奇岩ポン・ジ・アスーカルや、 フットボーラーの聖地マラカナンや、 その他教会や修道院やカテドラルや宮殿や公園や階段や劇場や博物館や美術館などなど、 目ぼしいとこはしらみつぶしに訪れた。 って、これだとただの自慢にしかなりませんね。 がしかし。 唯一肝心なところでしくじっちゃったのであるよ。 そう、紛うことなきリオのシンボル、コルコバードの丘! せっかくの絶景のはずが、、、 (↑ Wikipediaさんより) 何やこれ!超曇天で全然見えへんぞ!! キリストさんも下の景色も(T T) その上、人、人、人。ちょっとでも雲間からキリストさんが見えたらここぞとばかりにセルフィーしようとみんな場所を陣取りまくる。 (ほんとこちらの人たちはセルフィーが大好きだ。) でも結局、雲が途切れる瞬間はほとんど訪れなくて、下山しようとする人全然いないから、さらに人は溜まる一方。まあ、間違いなく私もその一員だったわけだが。 まともに身動きとれず。 これは、この5日間効率的なプランを重視し、ここへの訪問を最終日に取っておいた私に全て責任がある。 何を差し置いてでも、ここは初日に行くべきであった。 そしたらその日曇天でも人多くても、これを反省として活かし、また別の日に行くオプションも検討できたのだ。 ああ残念すぎる。それ以外は最高だったのに。 画竜点睛を欠くとはまさにこのことだ。 というわけで、今後リオのコルコバードの丘を訪れる予定の方。 一日だけを狙い打ち、というリスキーなスケジューリングは控え、余裕をもった日程を組んだ上で、   できるだけ早起きして朝一で!(昼になると像が逆光になる上、人多すぎてどうしようもなくなる) かつ晴天の日に!!(曇天や雨天だと、何も見えずに魅力半減どころか1/100減である)     行かれることを切にお勧めする。 Boa Viagem na Cidade Maravilhosa!!!

BrazilJourney

2015年2月20日

旅の本筋とは関係ない話 その3(マチュピチュ)

今回旅のハイライトはマチュピチュであった。 同じく観光地でも、リオはしばらく住みたいと思った。 マチュピチュは別に住みたいとは思わない。 がっつり一回行けば充分かなと。でも逆に言えば、一回は見といて損はないで。ほんま。 Photos:2014/15 VIAGEM-6 / Machu Picchu, Huayna Picchu 運も良かった。 マチュピチュには3泊して、遺跡には2日行った。 1日目は見事に晴天。隣に聳えるワイナピチュから見下ろす遺跡群は絶景であった。 2日目はしっとりと雨。それはそれで見応えあった。 両方の表情が見られて大満足だ。 でもこれは結果論であって、もしスケジュールがもっとタイトで、2日目の雨天しか経験できてなかったとしたら大いに不満が残ったに違いない。 やはりまずは晴れのマチュピチュを経験するに越したことはない。 というわけで、マチュピチュを訪れるなら最低2~3日、余裕をもって行くことをお勧めする。 で、今回の本題はそんなことじゃなくて、マチュピチュに関するもう一つのポイント。 すでに有名な話らしいけど(って、私は予備知識なしに行ったんで知りませんでした)、 マチュピチュには温泉が存在するのである!!!! 日本を出国すること一年半。 ブラジルでは湯船につかるという習慣が皆無なので、まさに一年半ぶりのお風呂を満喫したぞ! 日本人の感覚からすると結構ぬるめなのだけど、それでもお風呂であることに変わりなし。 まさに天国であった。思わず2時間くらい居座っちゃったよ。 にしてもよ。 行ってみると、観光客はもちろん地元の人と思しき客も結構いて賑わってるわけ。 やっぱみんなこれが気持ちいいと感じるし、間違いなく大好きなのだ。 でもなんでそこから、シャワーだけじゃなく湯船も家やホテルにも取りつけようって話になんないのかね。 一番手っ取り早くて最上な癒しだと思うんだけどなあ。不可解や。外でみんなで浸かる、ってことに意義があるんかしら。 世界に広めようお風呂文化。

Journey

2015年2月14日

旅の本筋とは関係ない話 その2(デングと落語)

そういえば前回、旅で遭遇したアクシデントの中で、一番どデカい出来事を挙げるの忘れていた。 出発早々にノルデスチで、日本でも猛威を振るったというデングに罹っちゃったのである! やられたのはレシフェ、発症はサルバドール。 確かにレシフェではやたら蚊にかまれるなあとは思っていたのだ。 でもブラジルだし、ここポルトヴェーリョでもいつもかまれてるし、大したことないだろと思ってタカをくくってたのだ。 甘かったね。 レシフェからの移動中からだんだん体調崩し、サルバドール着く頃にはすでに瀕死の状態。 普通の風邪とか、あとちょっとしんどいインフルエンザでもまあ2~3日寝てりゃだいたい治るじゃない? デングは違う。 全身だるだる感、頭痛、関節痛、(途中から)発熱、(おれの場合は上半身のみ)発疹、、、この耐え難き苦痛がなんと一週間以上続くのだ!! もう途中から、この苦しみから解放されるなら死んでもいいかな、てかほんま死にたい、と半分本気で思えてしまう驚愕の破壊力よ。 朝眠りから目覚めたときに、まだ治ってないと悟ったときのあの絶望感ったらないね。 今日も一日、この苦痛とともにあらねばならんのか、という。 おかげで、楽しみにしてたサルバドール、ベロオリゾンチ、オーロプレットあたりは半分くらいしか満喫できてない。まあ、死にかけながらも意地で街中は歩き倒したけどね。 で、ここからが今回の本筋とは関係ない話の本題なんだけど(ややこしいな)、いくら街中見て回っても、あの体調じゃ無理あるんで、不本意ながらどうしてもホテルの部屋に籠る時間も多くなる。 かといってずっと寝てるのも限界あるし、せっかくいろいろ本持参してたんだけど読む気力も起こらんし。 そんなとき、改めて落語はええのう、ということを言いたいのだ。 YouTube流しっぱなしにしといて、適当に笑い転げときゃいいんだからいやほんと、こんなお手軽気楽な暇つぶしほかにないよ。 いろいろ寄り道もしたけど、最近はベタに志ん朝、市馬、喬太郎、一之輔あたりのヘヴィローテーションに落ち着いている。 中でも志ん朝はほんま抜群にスゴいな。どれ聴いても外れなし。 https://www.youtube.com/watch?v=pZbp9T0WaMA&feature=emb_logo そして折しも私がデングになりかけてたそのさ中、数年来一之輔のプチ追っかけをしているかつての同僚KIからこんな動画が送られてきた。 https://www.youtube.com/watch?v=Zqu-g1SZMaU&feature=emb_logo おおお。まさかのユニクロCMとは! 二つ目時代から落語界期待のホープであった春風亭一之輔師。 かつて海外に赴任する友人へ、日本土産にと師のCDをプレゼントしたのも良い思い出である。 当時はちょっと知る人ぞ知る感じが我ながら渋いとこ突いたチョイスやんと悦に入ってたんだけど、真打ち昇進後2年余りにしてはやお茶の間の誰もが知る存在となるか。 これで一之輔師は、人間国宝にまでなっちゃった米朝師や小三治師は除くとしても、 存命の中で最も一般に知られた噺家に駆け上がっちゃったことであろう。(あ、あと笑点メンバーも除く。笑) 最近のテレビの影響力は知んないけど。 無駄に複雑な気分である(笑) 私も、いつまでもこうしてくすぶってるわけにはまいりません。

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2015年1月28日

旅の本筋とは関係ない話 その1(Booking.com)

遅ればせながら明けましておめでとうございます。 35日間の楽しい楽しい旅行を終え、我が街ポルトヴェーリョに戻ってまいりました。 途中、悪天候でフライトがまさかのキャンセルになって某都市で一泊足止め喰らったりネットで予約したはずの航空券が取れてなくてその場でバカ高な正規料金払う羽目になったり(損失額約5万円)、雨の中でも調子こいてカメラぱしゃぱしゃ撮りまくってたらさすがにぶっ壊れちゃったり(二日後不死鳥のごとく復活。Panasonicやりよる)。いくつかのアクシデントはあったものの、まあこうして無事に帰ってこられたのが我ながら何よりや。 ブラジル国内でいえばノルデスチやリオデジャネイロ、国外では人生最初で最後の訪問になるやもしれんパラグアイ、お待ちかねのマチュピチュなどなど、愉快なネタはてんこ盛りなのだけど、まあそういうプチ自慢みたいなことは置いといて、ここでは旅の本筋とは関係ない話を何度かに分けてしたいと思う。今日はその1である。 まずもって私は大いに強調したい。 Booking.comは使える!!! (決して回し者ではありません) 前々回も前回も今回も宿泊は、友人宅に泊まらせてもらったり友人に取ってもらったりした所以外、Booking.comのお世話になってる。 基本前日までキャンセル料取られないみたいだし、何かと使い勝手良いのよ。ざっと立地と値段で選んだ候補の中から、適当に雰囲気でさらに絞って、あとは高評価なとこをさくさく決めてくのだ。 特に今回、泊まったホテルでただの一つも外れはなかったなー。どころか、ことごとく大正解だった。 考えてみれば、レストランガイドである食●ログとかぐ●なびとかだと、味覚ってそもそも主観的な部分もあるし、何かの気まぐれで材料とか手間とかケチればダイレクトにクオリティに跳ね返ってくるから、いざ行ってもその評価ってあんま当てになんないことも多い。その点ホテルって、基本的に立地と設備とホスピタリティでほぼ全てみたいなとこあるから、ここに載ってる評価ってかなり信憑性高いと思うんだよね。ってか、その正しさを改めて実感したのだ。 逆に言えば、同じような価格帯で評価が異なるホテルが複数あれば、みすみす低評価のとこ選ぶ人もそんないないだろうから、そういうとこって大変なんだろなーといらん心配してしまうよ。 こんなサイトがないときは、ホテルの当たり外れも運次第で、それが旅行の一つの楽しみでもあった気もするのだが。とはいえ今さら後戻りもできんしな。 ないものねだりは恐ろしい。ではまた。 サルバドールはここ 、とっても良かったですよ♪ Photos:2014/15 VIAGEM-2 / Salvador

BrazilJourney

2015年1月23日

忘年会たち

12月12日(金) UNIR(ロンドニア州立大学)合気道部にて稽古納め。 三教のポーズ(みんなできてないけど) からの打上げ。ただし酒ぬき(ToT) うーん健康的。 12月13日(土) 飲み友達とポルトヴェーリョでの飲み納め、 セントロの飲み屋で朝5時まで。 (酔っ払って途中から写真撮るの忘れた) 12月14日(日) そして年内最後の公式イベントであります。 Confraternização兼ニッケイ20周年おめでとう記念パーティー。 良き一年でした。 そして良いお年を。 それでは私は明日出立いたします。ごきげんよう。

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2014年12月15日

仕事の終りとラテンアメリカ・ワンダーランド

嬉しい。ついにこのときがやってきたよ夏休み。 つい先日、ポルトヴェーリョという小さな世界での平凡で平穏な日常が最高だ、みたいなこと書いた記憶があって、もちろんそれは嘘じゃなくて実際ここでの日常は楽しく愉快な日々なのだけど、やはり半年に一度訪れるヴァカンス(に伴う旅行)は、それに輪をかけて楽しみであるということもまた否定しえない事実であろう(笑) 正直に告白せねばならない。待ち焦がれたぞよ。 思えば一年前は、ブラジル国内からアルゼンチン、チリを経て太平洋を船で南下し、パタゴニアまで行ってきたのだった。 半年前はW杯の只中で、試合を観戦しつつ国内各地を巡ったのだった。 今年は、まずはブラジル魅惑のNordeste(ノルデスチ、北東部)、次いでパラグアイ、そしてペルーを捲ってくるのだ。待っとけマチュピチュ。うん、我ながらベタやな。 てか行き先改めてプロットしてみると、我がポルトヴェーリョって、同じブラジル国内のどの観光地行くより、隣国のボリビアとかペルーの世界遺産級の各都市のほうがはるかに近いんだよな。 かといって直行便ないから遠回りせざるをえず。 なんか、すげー交通費がもったいない気がしてきた(笑) 12月の第一週で年内の仕事はだいたい終わったのだけど、なんだかんだで15日まではここに残らなければいけなくなって、結局16日がっつりお支度、17日出発と相成った。 戻りは1月下旬の予定。 今週用事をもろもろ片づけて行ってまいりますです。

DiaryJourney

2014年12月8日

ファンタジアの夕暮れ

今月初め、親に本やチキンラーメンやお好み焼き粉などと一緒に送るようお願いしていたアンチョビソースが無事届いた。 SAL便なのに届くまで2ヵ月超。さすがは地球の真反対にして陸の孤島ポルトヴェーリョであることよ。 そして先週、日頃こちらで世話になってるMおばさんから乾燥しいたけをもらった。 ここではしいたけなんて普通のスーパーには売ってないし、たまに中華系のメルカド(市場)とかで見かけるけど、どこもボッタクリ級の高さなんで今までスルーしてたのだ。 もらった瞬間、おれは狂喜乱舞したね。 そう、アンチョビにしいたけがあれば、ファンタジア完全版がここでも作れるやないか!!! ファンタジアとは、まだ日本にいる頃、酒や二郎とならび、おれの三大肥満要因の一つとまで謳われた(って、おれが一人で言ってるだけだけど)、新宿あるでん亭至高の一品なのである! ちなみにレシピはこちら。 それ以外の材料はここでも手に入るんで、これまでは食いたくなったらツナ缶にトマトやありあわせの野菜でファンタジアもどきでごまかしていたのだ。が、今回は違うぞ! 濃い味の好きな私、アンチョビやオリーブオイルやニンニクは多めに。 ここぞとばかりに、しいたけもがっつり入れてやったぜ! カスタマイズの自由が利くというのも自作の良さですな。 この旨さ、まじやばいわ。 もしかして本家を超えたのではなかろうか。 やはり海外に長くいると、食について以上にサウダーヂを感じることはありませんね。 為参考。 イタリア人も絶賛!あるでん亭のパスタがスゴイ! 【魅惑のグルメ】アリタリア航空のクルー直伝パスタが食べられる人気店! イタリア人も多数来店 / あるでん亭

DiaryGourmet

2014年11月26日

A Vida Cotidiana

先月末、所用でサンパウロに4日ほど滞在した。 7月に友人宅やW杯巡りで、3週間ほどブラジルのいくつかの場所をぶらぶらしてポルトヴェーリョに戻ってきたとき、またしばらくこの街から出ることはないんだろうなあと漠然と思ったんだけど、実際ものの見事にこの3ヵ月あまり、ここポルトヴェーリョから一度たりとも離れることはなかったのだ。 久しぶりの遠出だったし、サンパウロにいる間は楽しくて気分転換にもなったのだけど、まず移動が夜便の上、接続悪くて乗り継ぎのブラジリアで何時間も待たなきゃいけなくて、しかも今夏時間でポルトヴェーリョとサンパウロは時差が微妙に2時間あって、それが行きと帰りで短期間の間に2度あったもんだから、睡眠のリズムとかぐちゃぐちゃになっちゃって、結局帰って1週間くらいはぼけーっとしてた気がする。夜便かつ時差をおしてわざわざサンパウロまで行くなら、せめて1週間くらいの滞在期間はほしいもんだよ。老体に応える(笑) でも、一歩もこの街を出ることのなかったこの3ヵ月も、ようやく時差ボケ直って部屋片付けたり洗濯したり映画見たり野球したりサッカーしたり合気道したり(そして時々)仕事したりしてる今日この頃も、何かとても平凡なんだけど平穏で愛おしい日々なんだなあと思っちゃうよ。 ここでの生活が一生続くならそんな人生もありだな、なんてふと思ったりもするけど、現実にはそういうわけにいかず。ともすれば平凡と思っちゃう今の日々も、長い人生から見たらおそらくかけがえのなく特別な時間なのだ。 私は来年の6月に帰国することになってる。時が経って振り返れば、偉大なる平凡な日々として今の日々を思い返すのでしょう。

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2014年11月11日

ついに「あまロス」になってしまった

昨年ブラジルに来て以来、1日1本映画を見ようと思って、実際それに近い生活は実現できていたのだけど、8月25日からのこの1ヵ月余り、何と、ただの1本も我が映画視聴リストが更新されることはなかった。 そう。原因は言うまでもなく、我が動画視聴タイムがすべて『あまちゃん』に浸食されていたためである!!何と恐るべき破壊力であろうか。 全156話、約40日で。 なんせこの1ヵ月余り、耳からインプットする日本語のたぶん9割は『あまちゃん』経由だったんで、今日本語喋ったら普通に東北弁が口をついて出てくるであろう。気分はもう完全に北三陸の住人である。 今も頭の中で『潮騒のメモリー』が鳴っている(笑) 最初のうちは面白すぎて、時間があれば1日に2時間とか3時間とかずいずい見てたのだけど、途中から終わってしまうのがもったいなくて、終わってもないうちからからあまロス症候群に恐怖し、最後のほうなんて1日2話とか3話とか自制しつつ、ちびりちびり嘗めるように見てしまったよ。 でも視聴記録を見る限り、この間『あまちゃん』を全く見なかった日、というのは一日もなかった。 忙しい忙しいとエラソーなこと言ってる割に、実はヒマなんだなおれって(笑) 何てったって(ていうか大抵の人が思うだろうけど)、主演の天野アキこと能年玲奈ちゃんが魅力的すぎるぞ。特に、前半で種市先輩に振られたときの発狂ぶりとか(笑) 腹かかえてわろたわ。 が、そんな魅力的なアキちゃんも、もともとは「地味で暗くて、向上心も協調性も個性も華も無いパッとしない」という設定。他にも、潮騒のメモリーズではキレイキャラのユイちゃんに対して、「訛ってるほう」よばわりだし、「国民投票」でも46人中42位だという。 いやいやいや、それはありえんやろ!!いくら地味で訛ってて猫背ガニ股でも、あんだけかわいくて誰がほっとくかいな!!! ってまあ、ドラマの設定上致し方ないのは重々承知なのであるが、現実にはありえんという点において、通常とは異なる文脈で『あまちゃん』というのは正しくファンタジーの世界の出来事なのである。 がしかし、ヒロインたちがこれでもかと魅力的に描かれている一方で、おれはオトコどもの扱いが不満だぞ!一体、種市先輩とアキは結局どうなったのだ!?(キスまでしちゃった以上、それ以上は朝の連ドラでは描けんのでしょうが) 他にも忠兵衛と夏、正宗と春子、大吉と春子、大吉と安部ちゃん、種市とユイ、ストーブと栗原、吉田と栗原…etc(あついでにストーブとアキもか)。ちょっと、扱いがなおざりすぎやしないか!!?? 特に正宗と春子なんて、最終的により戻したから救われたようなものの、2008年クリスマス離婚で正宗が北三陸をあとにする下りなんて、切なすぎておれはまともに見てられんかったぞ。。。 でもまあ、こんなことうだうだ言って感情移入してる時点でクドカン氏の術中に完全にハマっちゃってるってことなんでしょうか。 どうでもいいけど、大吉の若かりし頃を演じた東出昌大さんが、博多大吉にしか見えません。 あそうかだから大吉っていうのか!!!!(ほんまか?) あと大吉も吉田も、勤務時間中に制服姿でリアス入り浸りすぎやろ(笑) ついでに、あの駅には他に駅員いないのか!?? 随所に出てくる小ネタも存分に楽しませていただきました。 80年代前半といえば、私が赤ん坊から幼稚園にかけての頃なので、全部リアルタイムで知ってるわけではないんだけど、それでもおぼろげな記憶とリンクする部分もあり、その時代を何となく思い出してしまったよ。 この『あまちゃん』へのオマージュ、というわけではないのだけど、『あまちゃん』を見終え、1ヵ月半ぶり見る映画に選んだのは、リベルダージで大量に仕入れたDVDコレクションの中から、昨日は『時をかける少女』、そして今日は『セーラー服と機関銃』。 いずれも80年代前半の名作、そして前者には尾美としのり、後者には薬師丸ひろ子が。 どちらも『あまちゃん』で重要な役割を演じた。 二人とも若い!!   

Movie

2014年10月7日

第5回 日本の夕べ(Noite Japonesa)

9月27日、第5回日本の夕べ(5a Noite Japonesa @Bingool, Porto Velho)。 当欄のささやかなポリシーの一つとして、 いかにもリア充してます感満載の写真たちは、ちょっとみっともないんでこれまで載せないでいたんだけど、いやー、これはほんと面白かったなー。 ほんと面白かったよ。 その分準備も後片付けも大変だったけど。 というわけで、この度ポリシー破って載せちゃうのである。 この日1000枚くらい撮った。 終盤、満員の客も引けて閉会間際の三連写。 といってもこれは自分が撮ったわけじゃなく撮ってもらったのだけど。 うーん、我ながらはしゃいどんな(笑) Photos:Seja bem-vindo, Minowa san! 昨日10月2日はここポルトヴェーリョのCentenário(100周年!)でした。 なんと記念すべき日。 野球して、『あまちゃん』観て過ごしました。 明後日10月5日はブラジルの大統領選があります。 現職ジウマに対抗するのは、アクレ州出身のマリナさんという人。 アクレ州というのは、私の住むロンドニア州からさらにも1コ西隣の、アマゾンの中でも一番の奥地にあって、ちっちゃくて地味ーーーな州。 サンパウロとか沿岸部に住んでるようなブラジル人の一般的な感覚からすると、辺境のさらに最果て、森と川以外に何があんのってくらいのイメージだと思う。 関係ない外野の立場からすると、同郷(?)として親近感が湧いてくるわけで、もうそれだけで応援したい気分になります。 こうして、あわただしく日々が過ぎていきます。

BrazilDiaryPorto Velho

2014年10月3日

ストロボ・エッジ

なんとあの『ストロボ・エッジ』が映画化されるらしいな!! まあこんな名作、昨今の映画界の流れからして、いずれそうなるだろうとは思っていたが。 社会人になった私を、再び深遠なる少女マンガの世界に引きずり込んだのが何あろう『ストロボ・エッジ』だったのだ。 そのキュンキュン度たるや、まさに空前絶後のレベルといえよう(笑) しかも主演は奇しくも今私がドハマリしてる『あまちゃん』で共演した、福士蒼汰&有村架純と言うではないか!これは待ち遠しいぞ。 原作の雰囲気を失わず、いい作品に仕上げてほしいですね。

BookMovie

2014年9月11日

お祭りの日々

ここのところイベントづいている。 8月30日に盆踊りがあって、 Photos:BON-ODORI 9月5日にマラクジャ祭りなる地元のイベントがあって、 Photos:Arraial Flor do Maracujá んで9月13日・14日には街で唯一の巨大ショッピングモールにてFeira Japonesa(日本祭り)、次いで9月27日には大会場を借り切ってNoite Japonesa(日本の夕べ)なるイベントをぶっぱなす。らしい。 うち、マラクジャ祭りはお客さんとして見てるだけでいいから楽だったんだけどさ、それ以外はこちらが主催なので大変よ。恒常的な人員不足の折り、(一部の)皆さんすごいテンションだな。 もちろんやるからには全力で満喫しますけど。 ところで常にネット環境の悪い私、この前サンパウロへ行ったとき、例によってリベルダージで暇つぶし用の映画DVD大量に購入したんだけど、ついでに『あまちゃん』も全巻手に入れたのだ。 そういや日本出国するとき話題になってたよな、と思いつつ。 で、先月下旬から見始めたのだけど、 や ば い。面白すぎるぞ!!! もう、止まりまへん。 キリがないので、休みの日であってもマックス3時間(つまりは2週間・12話分)までと自制してる。 それでも今月中には見終わってしまうだろう。 まだ前半のうちから、早くも「あまロス」に恐怖する今日この頃。 あまちゃんロス症候群から立ち直るための7つの方法 ではごきげんよう。私はまた北三陸の世界へ戻ります。

BrazilDiaryPorto Velho

2014年9月8日

楽しみになってきた

ブラジル来て1年ちょい。帰国まで1年足らず。 ポルトガル語だけじゃ物足りないんで、どうせならこっちいる間にスペイン語もついでにマスターしようと思ってたのだ。似てるとこ多いし。 ここポルトヴェーリョでスクールでも行こかなとか、出稼ぎ来てるボリビア人に家庭教師してもらおかなとか考えたんだけど、ネット探したら教材いくらでも転がってるではないか。 中でもこれは使える! これが全部タダだなんて、社長サン太っ腹。 動画ゆえに、うちのネット環境じゃ常に快適に視聴できるわけじゃないのが玉に瑕なんだけど、教科書もノートも何も要らないのがいいですね。 パッと見たところ接続法には触れられてないので中級以降は他で補完するとしても、あとは単語2000くらい丸暗記して現地で喋り倒せばまあ楽勝であろう。 年末年始の休みにはペルーやパラグアイ行くつもりだしな。 ますます楽しみになってきた。 【追記】悲報!2017年確認したらサービス終了してました(ToT)

Diary

2014年8月21日

たらちね

かつて一番初めに覚えた『たらちね』(柳家喬太郎)、そして『牛ほめ』(柳亭市馬)。 なるほどお。今は亡き志ん朝に次いで尊敬する喬太郎師匠は、この前座噺をこう演じるのか。 勉強なるなあ。 https://www.youtube.com/watch?v=mHTHi83UNa4&feature=emb_logo

Rakugo

2014年8月6日

そして冬休みも終わってしまった

W杯が閉幕して三日、私の旅行も終わり、そしてたのしい冬休みも終わった。 翌日からさっそく働いておる。 良くも悪くも、半径数百メートルの地味ーーな日々が再び始まる。 ま、それはそれで嫌いじゃないんだけどさ、早くも年末の休暇が待ち遠しいぞ。 それはともあれ、この冬休みの旅行で訪れた街を挙げてみる(6月にW杯で訪れたマナウス、クイアバ、ブラジリアは除く。カッコ内は州名)。 サンパウロ(サンパウロ) São Paulo, São Paulo インダイアツーバ(サンパウロ) Indaiatuba, São Paulo ピンダモニャンガバ(サンパウロ) Pindamonhangaba, São Paulo アパレシーダ(サンパウロ) Aparecida, São Paulo サントアントニオドピニャール(サンパウロ) Santo Antônio do Pinhal, São Paulo カンポスドジョルダン(サンパウロ) Campos do Jordão, São Paulo ポルトアレグレ(リオグランジドスル) Porto Alegre, Rio Grande do Sul グラマード(リオグランジドスル) Gramado, Rio Grande do Sul フロリアノポリス(サンタカタリーナ) Florianópolis, Santa Catarina 考えてみれば、ポルトアレグレでホテルに2泊した以外あとは全部、友人宅および友人の友人宅を泊まり歩いてたな。 この場を借りて、お世話になった皆さまのご厚情に篤く感謝申し上げる次第であります。    

BrazilJourney

2014年7月22日

そしてW杯が終わった

ブラジルでのW杯が終わった 優勝はドイツ、私の予想通りだ。 って、大方の人が同じこと思ってるだろうけど。 が、準決勝でまさかブラジルを7-1なんてとんでもないスコアで破るとは誰も予想できなかったし、逆に決勝ではアルゼンチン相手に延長までもつれ込んでの僅差勝利ということも予想していなかった。 これもまたフットボール。 ドイツは各ポジションに質の高い選手を揃え、隙のないサッカーを展開しましたね。 決勝では少々お疲れの様子だったけど、大会を通して抜群の安定感。文句なしの優勝でしょう。 開催国ブラジル 準決勝、3位決定戦と2戦合計1得点10失点。 ブラジルは終わり方が悪過ぎた。 もちろん結果論ではあるけど、どうにかベスト4まで来てこんな結末を迎えるなら、スペインやイタリアのように、グループリーグでとっとと敗退してたほうがまだ傷は浅かったんじゃないかと思うよ。 最後にきて崩壊しちゃった守備陣もさることながら、 前線のアイデアの乏しいこと乏しいこと。中盤もほぼ皆無。 フェリポンの好みに合わないとはいえ、やはり私はガンソくんが見たかったぞ。 かつてサントスでネイマールと組んでた彼を見たときは、その柔らかな身体性、かのジダンをも彷彿とさせる才能やんと驚いたものだ。 ネイマール これまた結果論だけど、あの屈辱のドイツ戦を欠場したのはネイマールにとってむしろ幸いでした。 もちろんこの22歳の若きエースが、稀に見る才能豊かなアタッカーであることに疑問の余地はない。 しかし彼はまだ、マラドーナやディ・ステファノやペレら、サッカー史上最高クラスのプレーヤーらは言うに及ばず、ロマーリオやリバウドやロナウドやロナウジーニョといった、90年代以降のブラジルのクラッキたちの全盛期の域にも達していないということもまた明らかであろう。 怪我からの早期回復を願う。 MVP これも何なんでしょうね。 もちろん選ばれたメッシに非はないし、「省エネ」と揶揄される運動量の少なさもそれはそれで織り込み済みで戦術として機能してる以上問題ないんだけど、これまでの実績抜きで、あくまで今大会限定で見たとき、どう甘めに見積もっても敢闘賞止まりだろ(って、そんな賞ないけど)。 FIFAの信用にもかかわるんで、そこらへんキチンとしてほしいね。 とまれいくつかの問題はかかえつつ、単純ながら一つのルールにしたがって、世界はこんな素晴らしいものを創り出せるのであるよ。 考えれば考えるほど凄いことではないか。 この一ヶ月、私は存分に楽しんだぞ。もろもろモチベーション切れちゃわないか心配だ(笑)

BrazilFootball

2014年7月17日

もうすぐW杯が終わる

ポルトアレグレより 昨日からブラジル南部のポルトアレグレという街にいる。おお涼し。 年中暑いポルトヴェーリョとはえらい違いだ。ブラジルは広い。 開催国でW杯を迎えるのは、2002年の日韓大会に続いて二度目だ。 でも12年前は、サッカーは見るより自分でプレーするほうがよほどの悦楽を感じてたので、わざわざスタジアムに行こうとは思わなかったな。 その意味では、W杯を心置きなく現地で満喫するというのは、今回が初めてだとも言える。 そんな今大会も、あと3位決定戦と決勝を残すのみとなった。 先月ベスト16が出揃った時点で、私は決勝戦をドイツvsオランダもしくはドイツvsアルゼンチンと予測した。 結果は周知のとおりドイツvsアルゼンチンなのだが、オランダvsアルゼンチンの準決勝は延長でも決着つかず、結局PK戦の末アルゼンチンの勝利となった。 PKなんてもちろん多少の駆け引きはあるにせよ(準々決勝オランダvsコスタリカ、PK直前のファンハール采配には驚きましたね)、基本は運である。 したがって、PK戦に突入した時点であとは運次第、どちらも等しく勝利の可能性があると考えてよい。 とすれば、ドイツvsオランダもしくはドイツvsアルゼンチンと、両方の可能性を指摘した私は、どちらか一方のみを挙げていた場合よりもはるかに正確にこの状況を予測していたとも言えるわけなのである!!笑 さて決勝である。 この舞台でドイツとアルゼンチンが激突するのは、1986年メキシコ、90年イタリアに続いて三度目だ。(※当時はドイツではなく西ドイツ) 少し過去の歴史を繙いてみよう。 1986年、メキシコ 86年はそう、当欄でもしつこいくらい登場する、アルゼンチンが生んだ史上最高の天才・マラドーナである! 準々決勝イングランド戦で見せた「神の手」「5人抜き」は、86年の、というよりW杯史上に残る説明不要のハイライト。 このシーンがあまりに有名すぎるために他が地味な印象になっちゃってるけど、 続く準決勝ベルギー戦においても、アルゼンチンの全得点を叩き出したのはディエゴだったのだ。 いずれも彼にしかできない素晴らしいゴールだ。 https://www.youtube.com/watch?v=dIXKJdgZNTY&feature=emb_logo 何が言いたいかというと、アルゼンチンが西ドイツとの決勝を迎えたとき、史上最高の天才ディエゴが、さらにそのキャリアのピークにあったということ。その時点でアルゼンチンの優勝は決まっていたといってよい。 試合はアルゼンチンが2点を先取。 勝利を決定づけたかに見えたが、当時の西ドイツの大エース・ルンメニゲ、そしてフェラーがCKから立て続けにゴールを決め、振り出しに戻す。 が結局勝負を決めたのは、西ドイツのDFの乱れを見逃さないマラドーナの決定的なラストパスであった。ブルチャガが冷静に決めて3-2でアルゼンチン勝利。 かくして86年はマラドーナのための大会となった。 1990年、イタリア 続く90年イタリア。 前シーズン、ナポリで好調を維持し2度目のスクデットを獲得していたマラドーナが、本大会不調に沈む。それでもどうにかこうにかアルゼンチンは決勝まで駒を進めた。 試合は、西ドイツのエース・マテウスがマラドーナを封じ、互いの良さを消し合う稀に見る凡戦。 名サイドバック・ブレーメによる右足のPKが唯一の得点となり、西ドイツは4年前の雪辱を果たす。 つまんないね。 でも勝負に徹したベッケンバウアーは、選手としても監督としてもW杯を獲得した最初の人となった。 2014年、ブラジル そして今回。 ブラジルはこちらがドン引きするほどのアルゼンチン嫌い。 決勝はアルゼンチンにとってはアウェーとなるか。それとも隣国ゆえにアルゼンチンから大量のサポーターが駆け付けてホーム状態を現出させるのか。 いや、それ以前にブラジル人としたら、アルゼンチンを応援することはありえないにせよ、かといって準決勝で愛するセレソン(ブラジル代表)を1-7という歴史的屈辱に陥れたドイツを素直に応援する気にもなれないだろうなあ。 なんか、いろんな状況が混沌としてて、異様な雰囲気での試合になりそうな気がする。 試合自体はすでに予測に掲げているとおり、そして他の大方の予想もそうであるとおり、ドイツの優位は揺るがないだろう。 しかし何が起こるか分からないのがフットボールだ。 実際その瞬間を、今大会だけでも我々は幾度も目にしてきたではないか。 逆に言うと、そんな番狂わせが起こるとしたら、クラブではすでに比類なき栄光を手にしているメッシが、いよいよ代表でもその存在を世界に示すことになる。 まあ、もし本当にそうなったとしても、彼の凄さは充分に認めつつも、我がマラドーナびいきは永遠に変わんないわけなんだけど。(結局いつもそこ・笑) ステファノ讃 最後に。 今大会の期間中にアルフレッド・ディ・ステファノがこの世を去った。 UEFAチャンピオンズカップ5連覇、バロンドールの中のバロンドール(歴代最優秀選手)…。 私が彼のことを知ったのは90年代初頭、エリック・バッティという私が愛読していた英国人記者のコラムによってだ。 手に入る映像は白黒で、断片的で、いずれも彼のプレーを存分に堪能できるほどには残されていない。 それでも彼は私の記憶の中に、ディエゴと並ぶ偉大なるプレーヤーとして刻印されている。 フットボールの歴史を創り上げた先人に心から哀悼の意を表するのである。

BrazilFootball

2014年7月11日

We Are One

仕事の合間を縫ってマナウス、クイアバ、ブラジリアでのW杯観戦を終え、無事帰ってきました。 といってもここブラジルで7月は、年末年始と並んで年に二度の長期休暇が取れる時期なんで、明日からさっそく二週間程またぶらぶら旅行出かけるんだけど。 とまれ、移動距離も長いし、日本戦以外は基本一人で行動だし、この間何かしらやばい目には遭うだろとは半分覚悟してたのだけど、幸運にもほぼ無傷でした。 せいぜい、予約の手違いでこの期間中のバカ高いホテル代、1泊分余計に支払わされたくらい。締めて約2万円の損失。ああ悔し。が、友人はレシフェにてナイフで脅されたらしいし、そういうのと比べたらまあこれくらい許容範囲だろ。 にしてもフットボールとはげにすごいのう。 会場のスクリーンでは試合前とかハーフタイム中、今大会の公式ソングがこれまでのゴールシーンや観客の熱狂とともに、繰り返し映し出された。 https://www.youtube.com/watch?v=TGtWWb9emYI&feature=emb_logo それを見るたびわしは思わずうるっとしてしまったぞ。 かつてベネディクト・アンダーソンは国民国家を想像の共同体であると喝破した。 そして今や世界はフットボールを通して、我々は一つであるという幻想すら垣間見せてくれるのだ。 宗教とかイデオロギーとかではなくして、たかがボール蹴りで人々がここまで熱中できるんだから、それがたとえ空想の産物に過ぎないとしても偉大すぎる発明ではないか。 といっても、サッカー興味ない人にとってはこんなもん理解不能な狂信イデオロギー以外の何物でもないんだろうなあ。 偶然に左右されるスポーツである。 であるがゆえに弱いとこは弱いなりの戦い方があるわけで、それゆえに自分たちでも上に行けるんじゃないかと思えちゃうし、そこに弱小国の人々も熱狂できる余地が生まれる。ほぼ必然しか起こらないスポーツであれば誰もここまで熱狂しない。 実際、スペインやイタリアやイングランドといった強豪と言われる国々はグループリーグで姿を消してしまった。 逆に言えば、ジャイアントキリングも大いに起こりえたわけなんだけど、我らが日本はあっさり敗退した。 こっちのほうは、期待外れであるが予想通りではあった(笑) さて、偶然に支配されるとはいえ、予選突破ならともかく、優勝までするにはさすがにそれだけでは成し遂げられない。 EUROレベルだと、まさかのダークホースが優勝かっさらう例はままあるが(92年のデンマークとか、04年のギリシャとか)、少なくともW杯の舞台においてそのようなことは今のところただの一度も起こっていない。結局は強いと言われた国が順当に勝っている。というわけで予想もどうしてもベタなところに落ち着かざるをえないのだけど、決勝はドイツvsオランダ、もしくはドイツvsアルゼンチンを掲げておきましょう。前者なら74年の、後者なら86年・90年のカードの再現となりますね。 そして、優勝はずばりドイツでしょう。

BrazilFootball

2014年6月30日

Copa do Mundoが始まった

がしかし、周りのブラジルの友人や同僚のなかで、試合を生で観に行く、というやつは一人もいない。 私がいちばんはしゃいでる。 こんなもんかなって思ってたんだけど、いざ開幕を迎えると、我が街ポルトヴェーリョも俄然熱気を帯びてきました ブラジル戦のある日は休日指定。 友人宅で観たクロアチアとの開幕戦では、オウンゴールで先制されたにもかかわらず、友人たちは大はしゃぎ。なぜか? 最初に失点したほうが面白い試合が見られるから。どうせ最終的には勝つんだし、というのを頭から信じて疑わない。 強豪国の貫録というか、サポーターも含めた精神的な余裕を見せつけられたよ。 続いて日本対コートジボワールの試合は、ここでは数少ない日本人の移民一世の方のお宅にお邪魔して観戦。 不甲斐ない試合っぷりに声も枯れたわ。 案の定、翌日ブラジルの友人たちには山ほどからかわれた。 返す言葉もございません。前日から日本代表のユニ着てイキリ倒してた自分が恥ずかしいよ(笑) でもま、こういうのも含めて楽しめるのが、唯一無二の祝祭であるワールドカップのいいとこですね。

BrazilFootball

2014年6月17日

私的W杯観戦予定

三試合観てきます いよいよワールドカップですね。 これがあるからブラジル行きを希望した、というわけではないのだけど、動機の一つであったことは確かだ。ついでに生で観れるんならラッキー、みたいな。 さすがにブラジルの試合の日は学校も会社も休日になるらしいんだけど、思ったより盛り上がってる感じはしない。 それどころか、工事の遅れとか、開催反対デモとか、治安の悪さとか、ネガティブなニュースばかりが耳に入ってくるよ。 大丈夫なのかねほんと。 かくいう私は、長きにわたるチケット争奪戦の末、下記の三試合を観に行くことになった   Match18 6月18日(水) カメルーンvsクロアチア(於マナウス) Match37 6月24日(火) 日本vsコロンビア(於クイアバ) Match46 6月26日(木) ポルトガルvsガーナ(於ブラジリア)       ブラジルやスペインやイタリアといった人気カードはことごとく外れ。 正確に言うと、日本vsコロンビアも抽選外れちゃったんだけど、申し込んだ試合全てが当たっちゃったという奇跡のラッキーガールSからお裾分けしてもらったのだ。 まあ結果的に、マナウスもクイアバもブラジリアも、みなブラジルの内陸都市で、私が住むアマゾンのド奥地ポルトヴェーリョから比較的近いとこばっかなので、その点はありがたいですな。 当選確定した瞬間に、ホテルやフライトを急いで予約したんだけど、あまりの高さにたまげたよ。 ほんと、普段とケタが一つ違うもの。 しかも、高くてもまだ空きがあればマシな方で、全部埋まっちゃっててどうしようもないケースもあった。 結局クイアバからブラジリアのフライトは確保できず、バスで22時間かけて移動することになったよ。 今ブラジルに住んでて、それなりに迅速に行動したつもりのおれでもこの有様だからね。 国外から観戦に来る土地勘もなく言葉もできない多くの人たち、大丈夫なのかね。他人事ながら心配だわ。開幕してからもいろいろ問題頻発しそう。 治安についていえば、日本vsコロンビアの行われるクイアバの強盗発生率は日本の400倍なんだとか。 さもありなん。 それはここポルトヴェーリョも負けてないぞ。 先週、おれの住んでるアパートに空き巣が入って、隣人の物がいろいろ盗られた。 今年だけですでに二度目。 先日は、知人宅に強盗が押し入って、お父さんが拳銃で撃たれた。 去年の年末には、不可解な大量殺人事件(一説によると20人超?)が起こった(ちょうど旅行中だったので詳しく知らない)。 シャレなっとらんですな。 五体満足で日本帰れる気がしない(笑) お願いだからこんなお祭りくらい心置きなく楽しませておくれ。 おまけ 他媒体に書いた関連記事。 その1(多文化共生を再考する) その2(周縁からブラジルサッカーを体感する)

BrazilFootball

2014年5月20日

Pegao!

懐かしっ!! https://www.youtube.com/watch?v=R7dTwWI5NKc&feature=emb_logo   https://www.youtube.com/watch?v=ymSnmuXMKd4&feature=emb_logo

Music

2014年5月11日

なんちゃって小津月間の件

小津月間(勝手に)到来 小津安二郎の作品は、暇をもてあましてた高校時代に何本か見てしばらくそれきりだった。 10年後、働くようになって某国に出張行ったとき、そんな彼の作品集が驚くほどの破格値で売ってたので、クロサワやジブリや昭和の落語全集(某国地方都市の場末のDVD屋でこんなものまで売ってたのである!)などとともにおトクに一括購入し、久々の再会を果たすことになった。 (もちろん海賊版です。すみません。) 爾来、暇にまかせてちびりちびりと見てはいたのだけど、何となくそういう気分になっちゃって、この4月1日から毎日、仕事が昼からの日は朝起きたらまず小津映画を一本見る、というルーティンを自らに課し過ごしてきたのだった。 (今のお仕事はちょっと変則的で、土日は朝から晩まで忙しいかわりに、平日は午後からなのです。) 至福の三週間であった。 この間私は、ここポルトヴェーリョでもっとも朝の到来を待ち侘びていた男といっても差し支えないであろう(笑) まとめて見ると、このクオリティの作品群をほぼ年一本のペースで量産してきたことが改めてすごいと思うし、そしてこれらの作品をその気になれば毎日でも気軽に見ることができる、というのも考えてみれば幸せなことだよねほんと。 というわけで、またまた誰からも求められてないけど、小津作品、私の勝手にベスト3を発表する次第だ。 遺作となった『秋刀魚の味』、愉快すぎる『お早よう』、中村鴈治郎と京マチ子と若尾文子の競演がシビれる『浮草』など、いずれも捨てがたいのだが、ベスト3という勝手な制約ゆえに涙をのんで選外とせざるをえなかった。残念である。 第3位『秋日和』 オッサンたちと岡田茉莉子とのやりとり、たまりません。爆笑必至。 いちばん笑える小津作品ではないだろうか。 第2位『麦秋』 紀子三部作(『晩春』『麦秋』『東京物語』)の中からは、二作目にあたるこちらをセレクトしてみました。 もちろん他の二つもいいのだけど、父親への愛がファナティックすぎて若干引いちゃう『晩春』、あまりに浄化されすぎてちょっとイデアの世界に迷い込んだかと錯覚しちゃう『東京物語』に対し、『麦秋』はいちばんマイルドながらスタンダード、って感じで何度見ても泣けちゃうんですね。 そしても一つ。何てったって紀子の親友アヤを演じる淡島千景さんである。 本作での淡島千景は、日本映画史上最高の美しさではないだろうか。 高峰秀子、香川京子、有馬稲子、若尾文子、司葉子、新珠三千代、岩下志麻、そしてもちろん原節子と、小津映画にはこれでもかってくらい美人女優が出てくるんだけど、その中でも淡島千景は抜群ですね。単純に好みの問題なんだけど。 第1位『小早川家の秋』 はい1位は文句なくこれです。 淡島千景の圧倒的な美しさも、エロじじい万兵衛のキュートな魅力には敵いませんでした(笑) 作品の最後で笠智衆が、小津安二郎の死生観を表したとも言われる意味深なというか、説教臭いセリフを吐くのだけど、ぶっちゃけそれはどうでもよろしい。 これはひたすら二代目中村鴈二郎演じる小早川万兵衛がお茶目で素敵すぎる映画なのである。 これを見たら、あーおれも万兵衛のような老後を過ごし、万兵衛のような逝き方をしたいなあと思うこと必定なのである。 でも、それを実現するためには、ブラジルも東京も引き払って関西に戻り、商売を興して財を為し、楽隠居の身分になって子や孫にも恵まれねばならない。 道は、あまりに遠い。。。 今回改めて見て気づいたこと。 いくつもの作品でいい味出してる田中春男、中島らもにそっくりじゃないか!!?? 風貌といい独特の関西弁といい、瓜二つやぞ!    ググってみたけどあまり適当な画像見当たらず。左写真の手前が田中春男。で、右の写真が、神戸が生んだ我らが中島らも御大です。ちょい分かりにくいね。 何とも締まらない締めですが、それではまた。   

Movie

2014年4月22日

時代劇、我が愛。その1

前回、前々回に続き、これまたごく稀にネットの調子のいいときがあって、動画漁ってたらあまりの懐かしさに思わず悶絶しちゃったという話。勝手にセンチメンタルシリーズw 時代劇、我が愛 今更だけど、私は時代劇が大好きだった。 一週間は月曜の水戸黄門や大岡越前に始まり、火曜以降は里見浩太朗の江戸日記シリーズ、必殺仕事人、鬼平犯科帳、銭形平次等々。で、土曜の締めはもちろん松平健の暴れん坊将軍だ。 それに不定期にある特番(忠臣蔵とかテレ東正月の12時間ものとか)や、往年の再放送を含めると、小学校の頃なんてほぼ毎日何かしらの時代劇を見ていたのではないだろうか。 単純というか何というか、最後に訪れる毎度おなじみのチャンバラシーンに、飽きることなく胸躍らせていたものだ。 家の近くの雑木林から手頃な枝を切って、テープ巻き付けたり細工したりして木剣に仕立て、友達とマジで剣豪気分で斬り合いしてたのは恥ずかしい思い出である(笑) というわけで、膨大な我が記憶の時代劇ライブラリーの中から勝手にベスト3を発表しようと思う。 第3位『遠山の金さん(松方弘樹版)』 まずは金さんでしょ。 まさに時代劇の王道。私これ、あまりにハマり過ぎて小4だか小5だかのクラスの学芸会で、自分で脚本書いて役者集めて劇作った記憶あるよ。もちろん遠山金四郎は自分。で親友が悪役の商人。エセタトゥーして悪役を裁きまくるという傍迷惑かつ自己満足極まりない企画である(笑) 親の世代だと片岡千恵蔵とか杉良太郎とかいろいろあるらしいんだけど、私の世代では松方弘樹なのである。エンディングテーマも渋い! https://www.youtube.com/watch?v=yu29ree0weU&feature=emb_logo 第2位『翔んでる!平賀源内』 Wikipedia見たらたった20回だったんだな。水戸黄門や大岡越前にはさまれて、わずかな期間月曜のTBS8時枠にて放送。一般的な知名度もあまりないであろう。 でも私、これ大好きでした。西田敏行の飄々とした感じ。いかにも勧善懲悪って感じの他の時代劇とは異なるユニークな試みだったんじゃないでしょうか。今は亡き松山英太郎とか、懐かしすぎる。 これまた音楽も良かった。動画探してもなかったけど。西田敏行が「笑って生きるも人生~、泣いても人生さ~、それなら愉快に暮らそう、楽しい夢を見て~♪」と唄うのだ確か。 どっかにないでしょうか。 栄えある第1位『三匹が斬る!』 これはもう文句なしなのである。ていうか、ここまでのうだうだはこれを紹介したかったがための前フリと言ってもいい。 殿様(高橋英樹)、千石(役所広司)、たこ(春風亭小朝)の主人公三人が好き勝手に旅しながらも、行く先々で問題を解決しちゃうという話。三人三様の魅力溢れるキャラ設定。まさに一度で三粒美味しい史上最高の時代劇なのである! いまや映画スターとしての地位を確固たるものとした役所広司も、私にとっては役所広司といえば永遠に千石だ。千石、カッコ良すぎるぞ。 いまや落語界の重鎮である春風亭小朝師匠も、私にとっては永遠のたこなのである。 (あ、でも高橋英樹は、いまや殿様というより高橋真麻のパパ、というイメージに変わっちゃったけど・笑) 小林亜星によるオープニングテーマも劇中テーマもエンディングテーマも素晴らしすぎる。エピローグでの芥川隆行の名調子ナレーションもハマりすぎ。そしてそれを超絶見事にまとめた神動画があったのでここに紹介する。UP主は神である。 三匹が斬るOPてつをED 当時はこのエンディングテーマがかかるたびに、ああもうこの至福の時間が終わってしまうのか、と子供心にとても寂しかったことを覚えている。 ついでに見つけたこの動画も。 「三匹が斬る」のOPとEDをベースで弾いてみた この選曲センス、たまらん。腹抱えてわろた。 あ、あと全然関係ないけど小林亜星といえば、わくわく動物ランドも忘れ難いですね。 https://www.youtube.com/watch?v=jF1WTR7M6hg&feature=emb_logo それではまた。

Movie

2014年4月17日

FACCIA DI CANE

前回に続き、最近おもひでぽろぽろ状態である。 今回見つけたのはこれだ!! FACCIA DI CANE https://www.youtube.com/watch?v=dHsBuIP6lZ0&feature=emb_logo そう、WOWOWスーパーサッカーのエンディングテーマだったのである。 当時我が下宿には衛星放送なんてないので、週末部活終わりによく友人宅で見てたものだ。 この曲に合わせて、その週のセリエAのゴールシーンがダイジェストで映し出されるのだ。 毎度、スーパーなゴールの数々に心躍らせたね。 それらの映像とこの曲があまりにハマりすぎてたことに敬意を表し、普段レンタルで済ませてたCD、このときばかりは身銭切って買った記憶あるぞ。そうそうこのジャケットよ。意味も分からんままに、必死で歌詞をノートに書き写したものだ。 今や本田のいるミランも長友のいるインテルも、一昔前からは考えられないほど凋落しちゃってるが、私が中学高校の頃、ワールドサッカーの最高峰といえば、スペインのリーガでもイングランドのプレミアでもなく、イタリアのセリエAだったのである。 セリエAでは、1980年に長年制限されていた外国人プレーヤーの参入が復活。 82年には八百長による謹慎処分明けのパオロ・ロッシを擁し、イタリアはW杯を制した。 80年代前半、何と3年連続でセリエA得点王&バロンドールを獲得したユーベのプラティニ(現UEFA会長)。 次いで南部の弱小クラブ・ナポリに2度のスクデット(87年・90年)をもたらし史上最高の天才マラドーナ。 我らがブラジルのジーコやファルカン、カレカらの活躍も忘れてはなりませんね。 80年代末から90年代初頭にかけては、オランダトリオ(グーリット、ファン・バステン、ライカールト)のミラン、そしてドイツトリオ(マテウス、ブレーメ、クリンスマン)のインテルがリーグを席巻した。 私がこの番組を見ていたのは、こうした時代を経て、90年代の前半から半ばにかけてだ。 そりゃプラティニやマラドーナ、ファン・バステンら突出したスターに比べれば個々のスケールが小粒になった感は否めないものの、その分多くの個性的で魅惑的なプレーヤーが輝きを放ち、セリエAはまさに百花繚乱の時代を迎えていたのだ。 ファンタジスタの代名詞とも言えるR.バッジョを筆頭に、サヴィチェヴィッチ、ヴィアリ、シニョーリ、ゾラ、マンチーニ、そして怪物グーリットもまだまだ健在。この曲を聞くと、当時の興奮がありありと再現されるのであるよ。今は亡きジャンルカ・トト・富樫こと富樫洋一氏とか、懐かしすぎる。 と、引き続きネットでだらだらしてたら、こんな記事を発見。 【セリエA エンディング曲】 FACCIA DI CANE を聴いてみた! いやー、同じ体験を共有し、同じこと思ってる人っているんだねーやっぱり。

FootballMusic

2014年3月31日

Everybody Wants To Rule The World

中高時代、広島で下宿生活を送っていた。 何度か下宿先を変わったのだが、自室にテレビ設置OKのところもあれば、共用スペースのみでしか見られないところもあった。そんなとき、好みの合わない先輩がそのスペースを占拠なんかしてたりすると、私はもう一人で部屋に閉じ籠もるしかない。 おかげで本や漫画をひたすら読み耽るという現在も続く根暗な趣味、というか暇つぶしを得たのは今にして思えば幸運だったのか不運だったのか。給料大して高くなくて時間もないくせに、ちょっとでも面白そうな本を見れば買い漁らずにはおれず、結局部屋のスペースがないほどに積読の山が増えていって金欠だけは変わらず、というのは悪癖というか、むしろ不運な出合いだったともいえるのではないか(笑) そんなどうでもいい前フリはさておき、当時テレビが自由にならない私にとって、本や漫画と並んで限りない刺激と悦楽を与えてくれたのがラジオだったのだ。 ベタに「オールナイトニッポン」とか初期の「ミリオンナイツ」とか夜更かししながら毎日のように聞いてた記憶あるよ。 これら全国区の番組とは別に、当時広島ローカルで毎日やってたのが「びしびしばしばしらんらんラジオ」(通称びしばし)。 今となってはパーソナリティの一文字弥太郎さんや、ゲストの方々のノリのいいボイスの雰囲気くらいしか記憶になくて、内容は何も覚えてないくらいだから、さぞかし他愛もない番組(笑) でも、たとえ暇つぶしであったとしてもほぼ毎日日課のごとく聞いてたわけだから、多分それなりに楽しんでたのだ。うん、その安らかな感触も朧げながらまだ残ってる。 なんで久々にこの番組のことを思い出したかというと、この番組には地元の女子大生の皆さんが曜日毎にレギュラー出演してたのだけど、数年前その一人とひょんなことで仕事で知り合ったからなのだ。 今は東京を拠点にいろいろアクティブに活動してるおもろい人なんだけど、お互い広島に縁があるってことで何気なく話を進めていると、同じ時期に広島いたんだねってことになって、びしばしってラジオがあったねってことになって「びしばし聞いてた(おれ)」「びしばし出てた(その人)」「ええーーー!!(双方)」ってな展開になったわけ。柄にもなく、いろんなところで思いがけない縁がつながっとるのーと思っちゃったわけよ。 で、なんで今更こんなネタかというと、現在の不安定なネット環境の中、何の加減かごくたまーに動画漁りができるくらい調子いいときがあって、偶然この音楽に再会したからなのだった。 https://www.youtube.com/watch?v=aGCdLKXNF3w&feature=emb_logo Tears For Fears, Everybody Wants To Rule The World 当時ネットもないし、ラジオから良さげな音楽が流れてきたらテープやMD(これも懐かしいな)にせっせと録音するという涙ぐましい作業を続けてたのだけど、この曲、というよりたまたまこの曲が収録されたテープにはお気に入りの曲が詰まってて、擦り切れるほどに聞いてたよな、と。で、おそらく15年ぶりくらいに聞いたこの曲で、見事に中高時代のあの一人部屋とラジオの記憶が呼び覚まされた、というわけなのだよ。 十代で鬱屈とした頃もあって、あの時代に戻りたい、なんて別に思わないけど、それはそれでいろいろ楽しいこともあったもんやのう、という両義的な思いが交錯する。

DiaryMusic

2014年3月18日

震災のこと

3年経ちましたね。 FBのタイムラインとかニュースサイトとか、あの震災に関する投稿や記事が続々と流れてくる。 震災後、職場の中で被災地支援のためのプログラムが組まれ、形ばかりのリーダーとなった。 被災地に何度も足を運んだ。助成金という名目でお金を届けるという仕事の性質上、現地の方々から感謝の言葉をかけていただく機会もよくあった。 そんなとき、多少なりともお役に立ててこちらこそありがたいなあと思う一方、おこがましいというか何というか、ちょっと気まずいような、決まってそんな何とも言えない気分にもなったものだった。 そもそもそれらの金は自分の金じゃないので、端的に言えばそれは私への感謝ではない。私の背後にある某巨大スポンサーへの感謝である。当たり前だけど。 もちろんお金を受け取る側からすれば、直接の担当者である私に謝意を伝えるのは自然なことかもしれないのだけど、私が個人として直接被災地や被災者の方々のお役に立つようなことをしたわけでもないわけで、どこかうしろめたいような、そんな気分になってしまうのですね。自意識過剰か。 その頃被災地に駆け付けた善意と情熱に支えられた多くのボランティアの方々と異なり、 私はあくまで組織人として、仕事として支援に携わっていた。理由は、職場でその担当を命じられたから。それ以上でもそれ以下でもない。当然所定のお給料を貰いながら。もちろんやるからにはそれなりに使命感もってやってたとは思うけど、間違っても他人様から感謝されるような、そんな偉そうな存在ではないのだ。 現にその担当から外れた現在、こうしてブラジルでぷらぷらお気楽な生活してるわけだしね。 当時も今も、文字通り一番考えさせられるのはこの記事だ。(いろんなとこで何度も引用してるけど) 『考えさせられる。』 何をすりゃいいんでしょうね。 もちろんやたらシニカルに構えるつもりはないのだけど、かといって必要以上に大仰に構えてもしゃーない。自分にできることを淡々と、ですね。

Diary

2014年3月12日

雨季の暇つぶし

マデイラ川氾濫 雨季真っ只中である。20年ぶりというマデイラ川の氾濫が大変なことになってる。 https://www.youtube.com/watch?v=EgGjXOrsJnw&feature=emb_logo なので外でサッカーなんて天気の良いピンポイントな時間じゃないとできないし(ブラジルなのにサンパウロやリオと比べこの街でいまいちサッカーが盛り上がらないのは、この「雨季がある」ってことと無関係じゃないんだろね)、セントロ(中心部)まで買い物行こうと思わないし(結構距離あるから、わざわざ友達に車出してもらわないと行けない)、相変わらずネット不安定だし、テレビも映り悪いから全然見なくなったし。 結局暇な時間はひたすら家に籠って、先月リベルダージでしこたま購入したDVD見たり、日本から送った本や漫画を読んだりしてる。他に選択肢がないからとはいえ、それはそれで至福の時間だ。この先も、これだけして生きて行けるならそれもありだなと思っちゃうよ。 ここ最近で見たり読んだりしたものの中から、印象に残ったものをご紹介。備忘録代わり。まあ、他に何もしてないからネタがないだけってことなんだけど。 『桐島、部活やめるってよ』(2012年) 小説(2010年)のほうは既読だったんだけど、映画は未見であった。 小説では登場人物ごとの視点で章割りがなされてるのを、うまく映像に落とし込んでたと思う。 すでにいろんなレビューでも語り尽くされてるけど、クラスの成員が上から下まで階層化されてて、それぞれが全く異なるレイヤーを生きてるというあの感じ。んで、ふとしたきっかけで異レイヤー同士が交じっちゃったらたいていロクなことが起こらないという。いろいろ思い出すこともあって、リアリティあるなあ。 女子生徒の子たちが、マドンナ役も含めてみんな特別美人というわけじゃないというのも良かった。ほんと普通に高校いそうな感じ。配役に関して唯一言うなら、近ごろ杏ちゃんと噂になっているという東出昌大くんであろうか。ちょっと年齢的に無理があるというか、さすがにこんな高校生おらんやろ、と笑ってしまったよ。 『八日目の蝉』(2011年) こちらも小説(2007年)は読んでたんだけどね。この辺、時期的にバタバタしてて見てない映画多いね。 これも名作やわ。ええわ。 何がええって、永作博美さんの演技に心打たれましたね。 お子さんをお持ちのお母さん方は、森口瑤子さんのほうに涙するんでしょうね。 『乱』(1985年) あの黒澤明をして、自らのライフワークと言わしめた大作。 前作に当たる『影武者』のほうは、テンションの高さがちょい空回り気味の感があったのだけど、こちらのほうはさすがに見応えありました。シェークスピア『リア王』を下敷きにした戦国絵巻。 でも後半、秀虎(中代達矢)が狂阿弥(ピーター)とともに荒野をさまようのだけど、あんな状況で気が狂っちゃった秀虎の下の世話はどうしてたのかなとか、さぞかし異臭放ってたんだろうなとか、何日もさまよってた割には秀虎の純白衣装やたらキレイなままだよなとか、そんなところでケチをつけてしまうのはただのひねくれであろうか。リアリティには徹底的なこだわりを見せた黒澤監督、であるからこそついそこまでのレベルを求めてしまうのであるよ。 『ガダラの豚 1~3』(1993年) あーおもしろ。 中島らもさんって、ほんとサービス精神旺盛な人ですね。 『風の谷のナウシカ 1~7』(1982~1994年) 改めてこれは凄いな。 既読であったのだけど、もう20年前のことなんで、もう一度読もうと思って持ってきてたのだ。 さすが10年以上にわたって描き継がれてきただけのことはある。 その思想の賛否はさておき、よくもこれだけの世界を創りあげたもんだわ。そりゃ2時間尺の映画では描き切れんよね。この漫画版のナウシカが、彼の作ったどのアニメ作品をも凌ぐ代表作と言えるのではないだろうか。人物造型がちょっと紋切り型なきらいはあるのだけど、ところどころにそこから脱線する部分もあって、大いに楽しめたのでした。 それではまた。

BookDiaryMovie

2014年2月27日

Feira Cultural

2014年2月15日、Feira Cultural(文化祭)。 みんな、いい顔してるね! Photos:Feira Cultural 来週以降こそは、ついにプロバイダの契約変えられるかもしれなくて、ネットの調子が劇的に良くなるかも、という期待だけは膨らませておく。

BrazilDiaryPorto Velho

2014年2月17日

『東京ラブストーリー』ふたたび

見てしまったよ。 パタゴニア道中、同行のしもみーからお勧めのドラマを聞かれたので間髪入れず「東京ラブストーリー!」と答えた。 彼は見たことなかったらしく、さっそくiPadに全話ダウンロードして見始めた。 隣でそんなことされると、こちらもまた見ずにはおられないではないか。その後拝借して、サンパウロへの帰路で全部見てしまった。一体何度目であったことだろう。 かつて私が人生で初めて最初から最後まで見通した連ドラであり、この分野において未だ本作を超える作品に出合っていない。 ま、冷静に見ると、どこが魅力なのかよく分かんない田舎出の冴えない青年カンチと、そんな彼をこれでもかというくらい執拗に追い回す非モテコミット全開の痛い女リカのお話で、演出的にもんなアホなって部分は多々あるのだが(最終回冒頭、リカの三たび振り返りながらの登場シーンとか)、それでもこのドラマの魅力は尽きることがないのであるよ。 何より23年前の鈴木保奈美が輝きすぎて眩しすぎる。 (ついでにこの前年に準主役として出てた『恋のパラダイス』も、はっちゃけててお勧め!一説にはこれがもとで本作の主演も射止めたとか) 10才ちかく歳の違うしもみーにとって、これまで鈴木保奈美は「たまにドラマに出てるキレイな女優さん」そして何より「石橋貴明の嫁さん」という程度の認識しかなかったらしい。初めて彼とのジェネレーションギャップを感じてしまったよ(笑) 最終回の電車内での号泣シーンは何度見ても泣ける。 何て切ないんだ!!と子供心に思ったものだ。 放映当時小学生だった私は、今やカンチやリカの歳などとっくに超えてしまった。 「昔っから光陰矢のごとしなんという言葉がありまして、これはどういう意味かというと、光陰というものは矢のごとしだなあ、という意味だそうですナ」(古今亭志ん朝) 改めて師匠深い!!シェークスピアにだって負けてません。 "O Romeo, Romeo! Wherefore art thou Romeo?……"

JourneyMovie

2014年1月30日

センチメンタルな旅・夏の旅

昨年12月半ばから先週末にかけて、「四十日間南米半周」と勝手に銘打った旅から帰還したよ。 やっぱ旅はええのう。 前半は久々の一人旅だったのでセンチメンタルに、後半は友達と合流して夏の南半球を賑やかに回る、というコンセプトだったのでアラーキーに肖った表題のネーミング、我ながら上手いじゃんと思って掲げてたのだけど、ググってみたら何のことはない、すでにみんな使ってるのね。おお恥ずかし。 旅中ずっとカメラ首からぶら下げてたし、一度くらい災難に遭ってもしゃーなしやな、と覚悟していたのだけど、結局拍子抜けするほどスムーズに事が進んでしまった。 事前に想定してたルート、ほぼつつがなく回れたし。ラッキーだったね。 唯一想定外といえるのが、途中で写真と保存してた外付けハードディスクがぶっ壊れちゃったことね。さすがに焦ったけど、これもサンパウロで修理してもらって無事直りました。 で、この四十日で新たに溜まった写真、約10000枚。 一日250枚ってところか。そう考えると大した量じゃないな。丸一日バス移動のみって日とか、ひたすら眠りこけてた日もあったから、まあこんなもんか。 移動に金かけた分、泊まりは安宿が多かったんだけど、それでもここポルトヴェーリョの我が家よりたいてい遥かにネット環境は良くて(笑)、嬉しくなって珍しくFBにこまめに写真アップしちゃったよ。 旅の全体像は、随時追加していく形で『センチメンタルな旅・夏の旅』にまとめた。 一つのテーマで枚数が多くなりそうなものに関しては、サブアルバムを作成することとし、それぞれ『CURITIBA NOBODY』、『Museu Oscar Niemeyer』、『Iguaçu!』、『Patagonia!』にまとめた。 荷物の容量の都合上、一眼レフもストロボも持って行けなかったのが残念。次回以降の課題としよう。 中学から家を出て一人暮らしをする、と親に宣言した小学生の頃から変わらず、こうしてプラプラプラプラしてるボヘミアンな生活が性に合ってるんだと改めて思った。 行きたいとこ行って写真撮って映像撮って、移動の合間に映画観て小説読んで漫画読む。このような極楽生活をこれからもできたらたまらんね。 何か今流行りのノマドみたいなこと言ってるな。それとはまたちょっと違うような気もするんだがね。その違いが何なのか、正解を私は分かっていると思う。でも多分それはとても身も蓋もない話だ。 俗物の塊である私に果たしてそれはできるのか。

BrazilJourney

2014年1月27日

旅行に持ってく本10選

というわけで明日から旅行で、これから荷造りするところだ。 ちゃんと前日にしようとするところが成長の証。笑 予備用のちっちゃいPCとUSBにかつて自炊した本1000冊分くらいデータ入ってるんで、活字に飢える、ということはまずないのだけど、それでも旧世代の私、旅中どうしても紙の本が恋しくなることもあるかもしれない。いや、きっとあるでしょう。 というわけで、日本から大量に送った蔵書の中から、かさばらずリュックに何とか入りそうな文庫を中心に、旅行のお伴に持ってく本を10冊選んでみた。(結局選び切れずに13冊になっちゃったけど) だから何、って感じなんだけど、一応記録に残しとこうかね。 『吉里吉里人 上・中・下』(井上ひさし)    一つくらいこってり長編を読もうかと。同じく三冊組の『死霊』(埴谷雄高)と迷ったけど、バス中とか飛行機中で、明らかにこっちのが読みやすそうだったから。 『卍』(谷崎潤一郎) 関西弁が恋しくなったときのために。てか、裏表紙見たらシンガポールの紀伊国屋の値札が貼られてる。めちゃ割高。かの地に住んでた10年前もそんだけ恋しかったんだなあ。 『ねじ式』(つげ義春) マンガも一冊。 『夜想曲集』(カズオ・イシグロ) 短編集も一冊。細切れな時間にちょうどよいよね。 『何でも見てやろう』(小田実) 紀行本その1。30代になって、かつ旅の途上で20年ぶりに再読したとき、果たしてどのような感興を催すのであろうか。 『マレー蘭印紀行』(金子光晴) 紀行本その2。南米の旅で、久しぶりに東南アジアに浸るというのもなかなか乙かなと。 『悲しき熱帯 Ⅰ・Ⅱ』(クロード・レヴィ=ストロース)   紀行本(と言えるのか??)その3。文庫サイズではないけど、やはりこれは外せません。 <番外編> 上記で10冊なのですが、結局絞り切れずに持ってくことにしました。 『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』(カート・ヴォネガット・ジュニア) 癒しでしょ癒し。 『伝奇集』(ホルヘ・ルイス・ボルヘス) 久しぶりにアルゼンチン行くし、そこは敬意を表さねばなりません。 『賭博者』(フョードル・ドストエフスキー) アルゼンチンにもチリにもカジノあるし。寄る機会あるかなあ。昨年マカオ以来の勝利目指すぜ! では皆さん、ちと早いですがよいお年を。

BookJourney

2013年12月13日

四十日間南米半周

ここブラジルでは、だいたい12月と1月の2ヵ月が夏休みとなる。 一応宮仕えの身、さすがに私自身が丸々2ヵ月休むなんてことはできそうにないが、6週間程なら何とかなっちゃう感じなのである。 そもそもここはサラリーマンでも1ヵ月の休みを取ることが普通、ってか義務(ほんまか?でも確かに僕のお世話になってるマリーザさんが言ってました)というようなお国柄。 それに倣って休むときはがっつり休む、というのもまたフィールドワーカーとして大切な心得でありましょう。 というわけで行ってまいります南米紀行。あー嬉し。 途中友人とも合流するのだが、せっかく今ポルトヴェーリョというマニアックな場所にいるので、前半は一人で、この地の利を活かしたルートを回ろうと考えた。 まずは14日、ポルトヴェーリョから飛行機で1時間半ほど南下し、クイアバというマットグロッソ州の州都に向かいます。(あ、そういえばここで来年W杯、日本対コロンビア戦が行われますね。ほんま近いんで、せめてここだけでもチケット当てたい…) そこからはそう、パンタナウ、ボニート、イグアスというブラジルが世界に誇る自然景観群を一捲りなのである!! といっても、パンタナウだけで日本の本州くらいの大きさあるらしいからね。一体どこ行きゃいいのって感じなんだけど、まあここはミーハー根性丸出しで雰囲気味わえればとりあえずよいかなと。 ちなみにクイアバ以降の移動は基本バスの予定。ブラジルの広さを体感しよう。 イグアスから友人4名と合流、ブラジル側・アルゼンチン側双方のイグアスを堪能した後、12月30日、ともに一路サンパウロへ。 翌大晦日はそう、お待ちかねのサンパウロマラソンである! たかが15kmの軟弱マラソンなのだが、この数ヵ月、我がアマゾンダイエットの大きなモチベーションであり続けてくれた。この落とし前、どうつけてくれようぞ。 さくっと完走して2013年有終の美を飾りたいと思っている。 んで、年越しはサントスにて花火と相成った。 次いで2014年元旦、7年ぶり2度目のアルゼンチンへ。 今回はブエノス滞在もそこそこに、南米大陸横断。 アコンカグアを横目に、メンドーサを経てチリはサンティアゴ到着。 しばし南下し、プエルトモンへ。 ここからは今回旅のハイライトの一つでもあるフェリーに乗船。 船から眺めるパタゴニアの氷河はいかばかりであろうか。 三日間の航海を経てプエルトナタレスで下船。 再びアルゼンチンに戻って、エルカラファテからサンパウロへ帰還。 本当はこんな計画なんかも立てず、出たとこ勝負で気ままに行けたらベストなのだけど、諸事情ありましてそういうわけにもいかず。 でもこうしていろいろ調べてると、楽しくって止まりませんね。 ※ おおよその想定ルート。

BrazilJourney

2013年12月11日

アマゾンダイエット

ブラジルに行ったら真面目な、そして人生何度目かのダイエットしようと思ってた。 でも最初に数週間滞在したサンパウロでは、いろいろ美味いもんとか誘惑ありすぎて結局好きなだけ飲み食いしてしまった。 なので、まともにダイエット始めたのはここポルトヴェーリョに移ってもろもろ生活が落ち着き出した8月以降、ということになる。当時体重83kg。 で、今日体重計ったらついに70kgを切って60kg台に突入。 4ヵ月で14kg。すなわち1ヵ月で3.5kg、1週間で1kg弱。 まずまずの成果ではなかろうか。 我がダイエットの理論的バックボーンは以下の二つだ。 『いつまでもデブと思うなよ』 以前も当欄で紹介した記憶があるが、これは良いよ。 生来不精な私、レコーディング(飲み食いしたものの詳細な記録)まではしてないんだけど、考え方とか大いに参考になる。 たまたま見つけたブログ こちらです。 この筆者のダイエット関連記事拾い読みしてくととても興味深いよ。最近個人的に関心を持ってる進化生物学的な知見も乙。どこまでホンマか知らんけど。 炭水化物ダイエットには賛否両論あるみたいだけど、個人的な実感にはとてもよく合致する。 ただ、私はこの筆者のように徹底的な炭水化物・糖質制限はできなくて、インスタントのラーメンやパスタは毎日のように食べちゃうし、ビールや酒もたまには飲まずにはおられないので、それほどドラスティックな変化を経験したわけではない。 まあそれでも、理論押さえて意識的に控えるようにするだけでも充分に効果はあるのだ。 ついでに上記二つ加え、他に効果を及ぼしたであろう項目としては、、、 一日とて途切れることのないこの熱帯の暑さ、そして(適度な?)仕事のストレス(笑) (※ 意外と仕事真面目にやってて、それなりに大変なこともあるんすよ私) うむ。これらを総称してアマゾンダイエットと命名することにしよう。 昔サッカー真面目にやってた頃のベストは62kgくらいだった。 でも、これだとちょっと痩せ過ぎで貧相な感じに見えちゃうし、歳相応に適度な貫禄も欲しいなってことで、今だと65kgくらいがちょうどいいんじゃないかなと思っている。 あと4kgか。 まあ、楽勝でしょう。 ていうか、何でこのネタって毎度嬉しげに自慢せずにはおれないのかね(笑) 我ながらその点については数年前から全く進歩しとらんな。

Diary

2013年12月5日

<写経シリーズ7> 彼らの時代は

「ああもう阿呆くさなるわ。電話かけても出えへんし、LINE既読になってるのに返信ないし。今日だってたまたまここで会わへんかったらそのまま音沙汰なしやったやろ。この二ヵ月ほんま苦しかってん。正直に言うわ、合コンは行った。一人とはチュウまでした。それはしゃあないやろ。だってそっちが連絡くれへんかってんもん。でもあかんわ。どうしてもお前がええわって思ってまうねん」 この人、何か一生懸命だなあとアズサは思った。あの日の一度きりのことがそんなに忘れられないのだろうか。酔ってたとはいえ、大したサービスをした覚えはないぞ。そんな相性良かったっけ。 「ごめんね、連絡できなくって」 「いや、あれからいろいろ考えてん。おれなりのケジメっていうかな。彼女とはもう何もしてないで。ほんでこの前正直に言ってん。他に好きな子ができたって。間違いなく運命やからって。ほんじゃあ散々言われたわ。馬鹿じゃないの、遊ばれてるだけに決まってるじゃん、とか。でもおれはそうは思わんねん。ちゃうか?」 「うん。そうだね」 「どっちの意味やねんなそれ!」 カオルはちょっと作り物なんじゃないかっていうくらい大仰に苦い顔をしている。君は歌舞伎役者か、アズサは心の中で突っ込み返す。でも思ったより面白い人かもしれないな。 「とにかくよ、おれはもう彼女とは別れた。フリーや」 「どうして別れちゃったの?」 「どうして!?」カオルのしかめっ面度がさらに増す。「ほんまええ加減にしいや自分。初めて会ったときから何回も言ってるやん。おれはお前に一目惚れしたんやて。いろいろムカツくことされても、っていうか何もされてないことがムカツくねんけど、それでもやっぱお前と付き合いたいと思うし、お前とやったらおれ、絶対上手くやってけると思うねんな」 こういうふうに何の衒いもなく、やたら自分を押し出してくる人ってたまにいる。彼のそういうところは素直にすごいなと感心した。 でも、こういう話を道端で立ったまま聞くと、彼の向かってくるエネルギーでアズサは思わず後ろに倒れそうになって、それでとりあえず駅に向かってまた歩き始めた。

Book

2013年11月30日

近況など

先日テレビに出たぞ。 ちなみにGloboというのはここブラジルで最大のテレビ局です。 これはそのローカル版やけど。 この日のイベントでは、他にも書道とか折り紙とか盆踊りとかいろいろやったんだけど、やたら合気道推しな感じだな。やっぱテレビの画的にはそういうのがいいんかしら。 私としては、自分レベルがこんなところでエラソーに講釈垂れるだなんて相当おこがましいよな、という自覚は充分にあるのだが、この街で他に有段者なんて何人もいないし(私の知る限りあと二人)、まあこれをきっかけに興味を持ってくれる人が増えたらいいな、という程度の軽いノリでやってみたのだ。 おかげさまで、「私も合気道始めたい」とか「うちの道場にも教えに来てくれ」とか、結構オファーあるのだよ。はっはっは。 ブラジル行きゃもう毎日サッカー三昧やろ、と思ってたのだけど、意外にもユニフォームより道着を着てる頻度のほうがはるかに高い。 どこで何が幸いするか分からないものです。 さて、ここのところネット環境が随分マシになった。 相変わらず遅いは遅いんだけど、ちょっと前までみたいに、一画面切り替わるのに30分かかるとか、そんな極端な状況ではなくなったので、まあ良しとする。 ちょうど11月になったくらいに良くなったので、もしかして月ごとの契約と何か関係あるのか、 ていうか例えば8月・9月と使いすぎたせいで10月に何かしら制限かけられてたとか、 そういうことなのかなあ、と勝手に推測。まだまだ未知よのう伯国。 こんなことでストレス溜めるくらいならいっそのことネットと無縁の生活を送ってみるというのも手かな、とも考えたけど、いや今月に限ってそれはできんと一瞬にして思い直す。 なぜなら今月は、来月に控えた旅行の準備を存分にしなければならないからなのであーる!!! 楽しみすぎる。 詳細はまた次回。 完全な自己満足やけど。 そういや、この前知ったけど、いいとも終了するらしいね。 偉大なエンターテイナーに敬意を表して。 https://www.youtube.com/watch?v=m_lR-FIC_Wk&feature=emb_logo

BrazilDiaryPorto Velho

2013年11月4日

秋刀魚

先週はサンパウロで過ごしていました。 たった3ヵ月ぶりだけどやたら懐かしい。 会議続きでせわしない滞在だったのですが、それでも友との再会と和食と中華と日本酒に癒されました。 てか、みそ汁ってほんと美味いね。 あとは天気の違いを実感しましたね。 ここポルトヴェーリョは雨季ながら相変わらず暑い。年中暑い。 一方サンパウロはちょうどいい感じ。驚いたことに冷房なくてもいけるくらい。 そして日本は今、秋真っ只中であるそうな。 7年半前、社会人になって東京に戻ってきたとき、最初に住んだのは目黒だった。 職場の新宿から適度に離れててでも適度に近くて、便利だけど静かでそれなりに面白くて、という何とも優柔不断な条件の中で選んだのがこの街だったのだ。実際その判断は正しかったと思う。 で、秋の目黒といえば何てったってさんま祭りなのである。 気づけば今年のもう終わってるじゃん。 住んでた頃は、毎年ありがたくいただいたもんです。 このお祭り元になったのはご存じ『目黒のさんま』。 世間知らずな殿様を嗤う滑稽噺だ。 お勧めは何と言っても十代目金原亭馬生師匠。 https://www.youtube.com/watch?v=4cZWRuybR30&feature=emb_logo ちなみにこの人、父が志ん生で弟が志ん朝(ついでに娘が池波志乃でその旦那が中尾彬)。 父や弟みたいに派手な艶やかさはないものの、どの噺聞いても渋くってさり気なくって、何か、とっても良いなあと思うわけです。 あのサゲの言い回しなんて秀逸過ぎではないですか。 今年はおそらくさんまを食すことなく暮れるだろう。 でも僕は、某国にて破格値で購入した小津安二郎全集をこの地に持ち込むことを忘れてはいない。 今夜はアマゾンの豪快な雨のなか、お部屋の中でしっぽりと、さんまの代わりに『秋刀魚の味』を味わったのであった。 んじゃまた。

DiaryRakugo

2013年10月30日

Todo sobre mi madre

私の誕生日は2月23日である。 思い返せば今年のその日、プレゼントにと同僚KIから贈られたのがこのDVDであった。 『オール・アバウト・マイ・マザー』 いちおう誕生日プレゼントのはずなのに、なぜか中古で買ったものをくれちゃうあたり、忌憚のない愛情が感じられて嬉しいではないですか(笑) 早く観よう観ようと思っていたのだけど、もらった直後から引っ越しの準備やら手続きやらでやたら忙しくなっちゃって、そのうちに移動の荷物の中に紛れ、ここブラジルに来てからもほぼ毎日映画観てたにもかかわらず、ランダムに上から観ていったらようやくこの作品にたどり着いたのが本日だった、というわけなのです。 遅いわ!と地球の反対側からツッコミが聞こえてきそうですが。 KI氏よ、今更ながらですがこれ、とっても良かったです。Muchas gracias!! これはほんま、スペインにも行きたくなりますね。

Movie

2013年10月6日

生きる

そういえば先日、船便で送ってた荷物が無事届いたぞ。 ダンボール八箱。一つも欠けることなく。無事、無税、無開封。 中には新刊とか贈り物とかも入ってたので、関税がっぽり取られたらどうしようとビビってたのだけど、 杞憂に終わったよ。やるじゃないのブラジル。 7月に送って、この地球の反対側までちょうど2ヵ月。 一箱あたり25kg~30kgで、送料は確か1万2000円前後だったので、八箱でちょうど10万円くらい。 これなら全然許容範囲だ。大いに使える。 モノは揃った。 ネットが不安定で、家から徒歩圏内で外食できる店がシュハスカリア一軒しかない、という微妙な難点を除けば、これでもう至極快適な生活が送れるぞ。わーい。 で、本日の映画は、黒澤明不朽の名作『生きる』だ! 黒澤映画にドハマリしていた高校時代以来、約15年ぶりくらいだろうか。 感想。志村喬がすごい。 そしてヒロインの小田切みきさんがとても良い。特別美人だとは思わないけど、オジサンの心をくすぐるにはまさにハマリ役だ。 あと、ハッピーバースデーのシーンやブランコのシーンなど、名場面は数あれど、 今回私が印象に残ったのは、小説家が飲み屋で主人公の勘治にうだうだと説法垂れるシーンと、冒頭の住民が役所中をたらい回しにされるシーンだ。 いくら役所でもあそこまでたらい回しにされんだろ、と思わず笑っちゃうが、 院生時代、某国で調査許可を得るのにいろんな官庁たらい回しにされたり、 サラリーマンとして曲がりなりにも7年間過ごしていろんな組織を見ることができて、 それなりにリアリティをもって感じられたよ。これも経験よのう。 とはいえ、仮にも人が不慮の事故で死んじゃった公園で、最後子供たちが楽しそうに遊んでるってのも、考えてみればかなりブラックだよね(笑) そういえば。 院生時代の某国、というのは隠す意味は何もなくてインドネシアのことなんだけど(笑) こんなドキュメンタリーが公開されてるそうな。 『The Act of Killing』 https://www.youtube.com/watch?v=SD5oMxbMcHM&feature=emb_logo 1965年にインドネシアで起こった共産主義者への大弾圧。 実際に大量虐殺を行い、現在も地元で英雄として崇められているという男たちが、当時の場面を再現するという何とも戦慄的な映画だ。各所のレビューで絶賛されてる。 かつてインドネシアの現代史をお勉強してたとき、 この年の9月30日事件からスプルスマルに至るスカルノからスハルトへの権力交代劇の内実が、どの文献読んでも要領を得なくて、で実際何だったの、って疑問はずっと残ってた。 2008年にスハルトが亡くなったときたまたま出張でインドネシアいたんだけど、 あんだけ胡散臭いことしときながら、一般の人たちからの人気は凄まじかったしな。ますますよく分かんない。 これは是非とも観なあきまへん。 日本では山形の映画祭で上映されるそうな。公開はされんだろうか。 ここブラジルではどうだろう。サンパウロまで行けば上映してんのかな。 やっぱ、インドネシアはネタの宝庫ね。 インドネシアとブラジルというチョイスは、我ながらナイスであったと思う。

Movie

2013年9月24日

夕凪の街 桜の国

ネットが不安定なんであんまキャッチアップしてなかったんだけど、 『はだしのゲン』の図書館での自由閲覧をめぐり、いろいろと議論があったようですね。 んで結局、松江市教委は制限を撤回したとか。 私は中高の6年間を広島で過ごした。 そこで初めて原爆ドームや平和記念資料館を訪れ、当然の如く図書館に置いてあった『はだしのゲン』も読んで、そりゃもう衝撃受けましたよ。 私自身はあのときこの作品を読んで良かったと今でも思ってるが、 同時に、多くの識者が指摘するように、ちょっと偏った漫画だなとも思ったよ。 そのカラクリまでは当時知る由もないけど。 で、こんなニュースになるくらいだから、当の作品は例年の3倍バカ売れしてるという。 なるほど実に上手いなあ。この手法は、使える(笑) ってまあそんなことはどうでもよくて、広島と原爆を描いた作品といえば何といってもこれでしょ。 『夕凪の街 桜の国』 そして『この世界の片隅に』 絶対読むべき。こうの史代さん嫉妬するくらいスゴすぎだ。

Book

2013年9月23日

Love Letter

こちらに来て、毎日映画を観ている。 本に比べて容量嵩張らないんで、これまでコツコツ溜めたDVDを大量に持ってきたのだ。 一つは暇つぶしとして、もう一つは、我が次回作の構想練るために(笑) こっち来てテレビ観なくなったし、それなりに忙しい日々ではあるものの、一日2時間くらいならまあ捻りだせる。 ありがたいことよ。この一事だけで、来た甲斐あったかもな。 昨日観た『Love Letter』が、んもう抜群に良かった。 かつて『リリイ・シュシュのすべて』にも衝撃受けたけど、やっぱこの人すごいな。 ミポリンも最高だ。 十数年前にも一度レンタルで観たんだけど、当時はそこまでインパクト受けなかったと思う。 んなアホな、というツッコミどころありつつも、終わった後じわーーーんって余韻がずっと続いている。 そういえば去年は去年で『天然コケッコー』が最高、と吠えてた記憶あるしな。 やはりこういう十代を映した美しくノスタルジックな映像は、人をして無条件に感動せしめるようプログラミングされているのであろうか。こちらも当時を懐かしめるくらい歳をくったということなのだろうか。 帰国してもテレビは買うまい。 それより毎日PCで映画観てるほうが、はるかに人生おトクな気がしてきたぞ。

Movie

2013年9月11日

The Remains of the Day on the Road

長いんだか短いんだか。 思えば年明けから面接で篩にかけられ、その後引き継ぎに研修に引っ越しに手続きに荷造りにご挨拶に移動にとバタバタしっぱなしだった。 この一ヵ月、ようやくもろもろ生活基盤が整って、いろんなことが落ち着きつつある。 3月の引っ越しのとき、荷物をちょっとでも減らそうと1000冊くらい自炊した。 裁断するのが忍びない本はそのままにして、一部を船便でブラジルに送ってる。 でもいつ届くか分からないし、もしかしたら届かないかもしれない。 送るときダンボールに入れそびれちゃったからなのか、移動の飛行機で読もうと思ったからなのか、今となっては記憶が曖昧だけど、手荷物の中にあった数少ない二冊の小説。 『日の名残り』The Remains of the Day, by Kazuo Ishiguro 『オン・ザ・ロード』On the Road, by Jack Kerouac   かたやカズオ・イシグロによるブッカー賞受賞作で、かたやジャック・ケルアックによるビート・ジェネレーションの代表的作品だ。何の脈絡もないんだけど、意外にもこの二つの小説にはいくつかの共通点がある。 一つは前世紀半ば、古き良き時代のイギリスとアメリカを舞台にしている点。そして、車でそれぞれの国を移動することが作品のモチーフとなっている点だ。 作品のテイストは両極端っていってもいいくらい違うのだけど、幼少より移動続きでずっとオン・ザ・ロード(路上・途上)にあって、ついには地球の反対側の片田舎にまで来て居着いてしまった自分にとって、この二冊の小説は驚くほど深く心に沁みたのであるよ。うち一冊は旧訳で既読だったにもかかわらず。うう。何なんでしょうね。 この二冊が手荷物に入ってたのはほんとたまたまだと思うんだが、我が心象風景を無意識に先取りしていたのであろうか。不思議じゃ。 そして二年間、この地で新たな日常がまた始まるのです。

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2013年8月27日

ポルトヴェーリョこんなところ(1)

ポルトヴェーリョに関するサイトって、ポルトガル語や英語はともかく、日本語ではほんと数えるくらいしかないので、適宜写真でもアップしていこうかね。 基本Facebookからの使い回しだけど。 『地球の歩き方』よ、せめて1ページくらいスペース割いてくれてもいいでしょ(笑) 一応ロンドニア州の州都なんだけどなあ。 ま、仕事ならともかく、観光でここに来る人はほぼいないだろうからそれも致し方なしか。 (この街について日本語で書かれたほぼ唯一のトリヴィアといえば、かのカルロス・ゴーンの出生地である、ということくらいでしょうか。) でもまだ未開拓な分、私の写真と映像と話のタネには事欠かないのであるよ。 考えようによっちゃありがたいやね。 さっそく面白いテーマもいくつか見つけたよ。帰国までには作品にしよう。 …ていうか、この不安定かつ激遅なネット環境はどうにかならんものか。 途中で消えちゃったり止まっちゃったり。こんだけの写真アップするのにどんだけ時間かかってんのよ。 日本で恋しいのはラーメンとネット環境。さしあたり。

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2013年8月8日

ポルトヴェーリョに着いて語るときに僕の語ること

O que eu falo quando eu falo sobre chegar em PVH O meu nome em japonês é Kenta Kusuda. Chamo-me Ken ou Diego, por associação com Diego Maradona que é o jogador de futebol a quem eu admiro muito. Eu sou de Kobe, que fica na parte oeste do Japão, mas mudei de casa muitas vezes: para Hiroshima, Tóquio, Quioto, Singapura e Indonésia. Além disso, visitei vários países para trabalhar e viajar. Eu estou muito ansioso pelo novo desafio no Brasil. Em Porto Velho, que é onde vou ficar, eu quero fazer quatro coisas. Primeira. Como um professor de japonês, eu quero ensinar para vocês sobre a língua japonesa e o Japão atual. Segunda. Assim como vocês têm interesse pelo Japão, eu também tenho interesse pela história e cultura do Brasil. Eu queria aprender coisas sobre o Brasil e aprofundar os conhecimentos com vocês. Terceira. Um dos meus hobbies é filmes. Eu quero fazer um filme durante esses dois anos. Talvez seja um documentário. Quarta. Felizmente, dizem que Porto Velho é muito quente. Eu vou jogar futebol todos os dias com vocês e, desta vez sim, vou conseguir fazer dieta. Aqui no Brasil, eu estou convencido de que vou conseguir alcançar os quatro objetivos. Muito obrigado.

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2013年7月22日

サンパウロより第一報(おそい)

Olá, tudo bem? というわけで、成田を出発すること27時間。 7月3日、ブラジルはサンパウロにやって来たのです。 学生のときも就職してからもいろいろな場所に行ったけど、南米大陸はまだ二度目なんですね。 街中であまりどデカいカメラを持ち歩くことが推奨されていないがために、 出国前に一旦解約したはずのiPhoneくんが大活躍であります。 ま、スマホはスマホで高く売れるから危ないらしいのだけど。 到着してはや二週間。 すき家に始まり、ラーメンに寿司にやきそば。 なけりゃないでやってけんだろうけど、ごく近くにあってしまうが故に、つい割高でも入らずにはいられませんね。で、今日の昼は鮭定食。 んまい。日本食ブラボー。 というわけで予告しちゃいますが、次回は(ていうか、もうちょいネット環境がマシになったら)、 「遠きにありておもふこと」(仮)をアマゾン奥地よりお届けする予定です。 細川周平せんせのパクリではありませんよ(笑) 10年後、それを遥かに凌ぐ大著『嬉しき熱帯』を親愛なるレヴィ=ストロース先生に捧ぐことになるであろう私の、その第一歩を記すのであります。 ……しかと見届けておいてくれ、パウリスタガーデンホテルのイゴール!!

BrazilDiary

2013年7月19日

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